第9話

 彩乃が担当していたのは近くの民家だ。


 元々車などが禁止なので、スーパーの配達圏内からはそれほど離れることはない。


 大きな移送の時にトラックなどが使われるだけで、それもかなりの精度で安全に配慮しなくてはならないようだ。


 美来としては道が安全になり、排気ガスも騒音もないので正直助かっている。


 彩乃は入口となる門の前に立ち、


「ここが私の担当するネコハウス。ま、私の家はアレなんだけど」


 と傍らの物置を指した。


 建物はみ住居と言うよりは市民館のような感じで、昔は町の人達が会合をするのに使っていたようなおもむきがある。


 現代になって人が住居として使い、それが今は猫ハウスになった、と思わせる。


「じゃ、私は用意してくるから、コレ家の中に入れといて」


 とカートを押し付けて物置小屋へ行ってしまった。


 なぜ私が? とも思ったが、用意があるのなら仕方ないか、と扉をスライドさせるために手を掛ける。


 扉は「いかにも」という感じに建付けが悪い。


 ガタガタと揺さぶりながらやっとのことで開け、段差に苦労しながら何とかカートを通した。


 広い玄関があり、段差の先にはまた扉がある。


 いわゆる二重扉の構造で、ネコの脱走防止には正しいのだが、今はお猫様は閉じ込めておく必要はない。


 多頭を安全に管理したいのであればやむ無しとも言えるのだが……、なら扉は直した方がいいと思う。


 外扉よりはマシな内扉を開け、荷物を搬入する。ビニール袋に入っているわけではないので地味に手間だった。


 取り敢えず全て廊下に積み上げ、居住するお猫様に挨拶しようと奥へと進む。


 そこへカートを降りたロータスが追いつき、そのまま追い越して先へ行ってしまった。


 ロータスは少し先にある扉をガシガシと手で掻く。


 匂いか気配か、その部屋にネコ達がいるのだろう、と開けるとその通りだった。


 案内ありがとう、とロータスに言い、部屋に入る。


 部屋は広く、思ったよりキレイだった。


 6頭のお猫様が住む部屋だったが、お猫様は全て壁に際のケージに入れられている。


 それ自体はおかしなことではない。世話係が資材調達で留守にしている間、何かあってはいけないので、その間ケージに保護しておくというのは間違いではない。


 部屋のお猫様達は、美来とロータスが来たことで騒ぎ始めた。


 外に出せと言わんばかりにガチャガチャと音を立てる。


 ロータスは興味を示したが、他猫の縄張りのためか遠慮したように少し離れて鎮座する。


 ケージは大型で二段式。ボックスタイプのトイレを入れても動き回るのに余裕があるサイズだ。それが両壁に3つずつ、計6頭。


 ご飯皿、寝床となるハンモックもあり、お猫様の住居としては意外と言っていいほど充実していた。


 棚には消臭スプレー、猫オモチャ、猫フードなど一通り揃っている。


 彩乃の性格から想像していた状態とはかけ離れた空間に少し感心していた。


「なによ。ここまで運んでくれればいいのに」


 と用を済ませて入ってきた彩乃がぼやく。


 いやそこまでする義理は……、とも思うがその言葉は飲み込んだ。


「どう? キレイにしてあるでしょ?」


「ええ。驚きました」


 と素直な感想を漏らす。


 彩乃は先程の綺羅びやかな服から上下ジャージに着替えていた。用というのは着替えだったようだ。


 確かによそ行きの格好で猫世話をするものではないのでそこは自然だ。その間に人に荷物を運ばせる理由にはならないが……。


「私臭いとかダメだからさ。そこには気を使ってるのよね」


 消臭と換気が行き届いているのか、動物特有の臭いもほとんどしない。


 フローリングの床には猫砂も毛も落ちていない。


 クリーナーが壁際に置いてあるところをみるとマメに掃除しているのだろう。


 しかし、なにか違和感があるな……、と思っていると表からチリンチリンと鈴の音が聞こえてきた。


 克平が荷車を引いてきたのだろう。案の定すぐに部屋に入ってくる。


「お待たせしました。色々持ってきたので、何かご入用な物があれば言ってください」


 要するに訪問販売に来たのか。


 お猫様を直接お世話してない猫民は、こうやってGGを稼ぐしかないのだから仕方ない。


「ちょっと! 入ってくる時はノックくらいしなさいよ」


 彩乃が不機嫌に言うが、


「いえ、ここは御堂さんの家ではなく、お猫様の家ですよ。お猫様がノックしろと言うのならそうしますが」


 むう……と頬を膨らませるも、その通りなので彩乃も何も言い返さなかった。


「まあまあ、いいじゃないですか。それより、御堂さんが元々お世話してたお猫様はどの子なんですか?」


 話題を変えるつもりで何気なく聞いただけだったのだが、彩乃は「えっ!?」と顔を引きつらせる。


 反応の意味が分からず美来は首を傾げる。


 何か変なことを聞いたろうか? 確か彩乃も元々猫を数頭飼っていて、SNSに自慢気に投稿していたはずだ。


 美来は見たことはないのだが、今お猫様の世話係をできているのだからその情報に間違いはないはずだ。


「いやぁ……、そのお猫様達にはお世話を拒否されたようで……」


 耳打ちする克平を彩乃はキッと睨みつける。


「うるさい! 余計なこと言うな! まったく、あいつら……。これまで育ててやった恩を忘れて。あいつらが推薦してくれたら私も上級猫民だったのにー」


 また泣き崩れる彩乃を慌てて宥めすかす。


「まあ、お猫様が沢山いるんですから。古川さんにちょっとアドバイスもらえればすぐに上級になれますよ」


 そうよね、そうよねと彩乃は涙を拭いて立ち上げる。


「あなたから見て、何が悪いのか教えて頂戴」


 分かりました、と美来は改めて部屋の様子を見る。

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