第22話 ネコの代表

 美来はロータスを乗せたカートを押し、かつての散歩道を進む。


 前はよく通っていたのだが、犬達の姿をよく見かけるようになってから無意識に避けていた道だ。


 あれから猫民は何度か犬飼という女性に遭遇し、代表にここにくるよう伝言を受けたと言う。


 もし指定の期日までに来なければ一斉攻撃を開始するという、半ば脅迫とも取れる内容だけに、どうしたもんかとも思ったが応じないわけにもいかない。


 大勢で来るのも返って相手を警戒させてしまうのではないかとか、色々検討した結果。別に戦争に行くのではないのだから、いつもの散歩の延長のつもりで行けば良いんじゃないかという事になった。


 物騒なことになりそうならそこは異星人の仲裁が入る。それはどちら側でも同じだ。


 犬の鳴き声が増える中、カートを進めると開けた場所に出た。


 元は公園だが、今ではすっかりドッグランだ。


 そこかしこで犬達が無邪気にじゃれ合い、寝そべっている姿はのどかな日常の風景だ。


「まあ、ネコちゃんじゃないの! かわいいー」


 と年配のおばさま達がロータスを見て群がる。


 犬を飼っている人達なのだろうが、別にネコを毛嫌いしてるわけではない。


 ロータスも何度かペット可の大型モールに連れて行ったことがあるが、同伴しているのは大抵犬で、ネコを連れていると珍しがられて人だかりができたものだ。


 ロータスも慣れているので大人しく撫でられている。


 ひとしきり撫でてもらった後、カートを公園の中央に向けて転がしていると聞いたことのある声がした。


「あら、あなた前に会った人よね」


 見ると犬飼 陽子が大きな犬の相手をしていた。


 立ち上がり、軽快な足取りで近づくとロータスを覗き込む。


「この子カッコイイよね。何て種類?」


 他にも名前など、何気ないことを聞いてくる。


 そこに他意はなく、普通に散歩に来た近所の人に対する会話だ。


 前に見た時は高圧的な印象だったが、こうしてみると普通に人当たりのいい人だ。歳も前の印象よりも若い気がしてきた。


 人質の引き渡しにいくような気分で来たのだが全くの杞憂だったか。伝言を受けた人は大げさに話を盛っていたのかもしれない。


 この女性とは友達になれそうな気がした。


「それで、ネコ派の代表は決まったのかしら?」


「あー。それなら、私です」


 笑顔で答えたが、陽子は時間が止まったように固まる。


 犬達がはしゃぐ騒音の中、しばらくそのままだったが、陽子はたまりかねたように「ぷっ」と吹き出す。


 さすがにカチンときて顔を引きつらせる。


「な、何か問題でも?」


 いやいやと陽子は頭を振る。


「いい人そうで良かったと思ったのよ」


 そう言うも友好的な意味ではなさそうだ。


「都合がいい人……ですか?」


 陽子は少し驚きの表情を見せたが、


「そ。だってこれは戦争だもん。勝ちやすい相手なら安心するでしょ」


 とあっさり認める。


「いや戦争ってわけじゃ……。それに私なんてこの街の代表ってだけですから」


 しかも任期あるし……、と内心付け足す。


「なーに言ってんのよ。最初が肝心なんじゃない。街が一つ占領されたら領土が二倍。数も二倍。次の戦いは二倍の戦力。そうやって勝ち進んでいくもんなのよ。『三国志』みたいなゲームやったことないの?」


 ないです……、とやや呆れたように答えてしまう。


「あの……、仲良くするわけにはいきませんかね?」


 それを聞いた陽子は一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐに大笑いした。


「イヌとネコが共存できるわけないじゃない」


「いやそんなことはないと思いますけど」


「ネコなんて人の言う事聞きゃしないし。身勝手で我儘じゃない。今までもイヌとヒトは信頼で結ばれてきたのよ。イヌの立場が上になってもそれが活きる」


 犬達には人間が必要。


 将軍には参謀が必要。


 完全な協力関係にある犬社会は、人間がブレインになることで秩序立った社会を形成できる。


 イヌにとって都合のいい社会が作られるなら、人間が主導しても違反にならない。


 古来より、人類とイヌは共存関係にあった。それはこれからも同じ。イヌと共存することこそ、人類がこれまでに近い生活を得る最適解だと語る。


「ネコの方が野性を多く残してるって言うじゃない。それだけ人間との共存の歴史が浅いってことよ。……あ! そうだ! イヌ派が街に、ネコ派が山で暮らすっていうのはどう? それなら地球から追い出さないであげるわよ?」


 いい方法を思いついた! みたいな顔で言われたが、美来は苦笑いするしか無い。


 確かにロータスと一緒ならどこでも……と言いはしたが、さすがに野生に返る自信はない。


「私は対等に、仲良くしたいだけなんですが……」


 陽子は少し間を開け、やや寂しそうな口調になった。


「それは私達が決めることじゃないのよ。別に鳥やイグアナを飼ってる人もいるんだから、ネコもそのうちの一つになれば今まで通り生活できるわよ。でもそれはネコ星人が許さない。戦争してるのはあの宇宙人どもであって、私達じゃない」


「それは……」


 そうかもしれないけれど。


 でもやはりこんなのはおかしいと思う。


「宇宙人を説得して帰ってもらえば解決するけど、そんなことできる? 私はやるつもりないわよ。ネコが主人になって社会がうまくいくと思えないもん」


「でも……、ライカン・スロープだって吸血鬼の下僕でしたし……」


「いや、ちょっとよく分かんない」


 陽子は呆れ顔で言うと、やれやれと頭を振る。


「ま、私は言うことは言ったから。後は正々堂々と侵略合戦をしましょう」


「いやー、やりたくないですけど。非暴力、不服従とガンジーも言ってますし」


「あら、暴力は使わないよ? ただ住む所を増やしていくだけ。居たかったら居ていいのよ? ただこういう子達が道を歩いてるけどね」


 と周りを見回す。


 小型犬もいるが、ほとんどは大型のイヌだ。


 ロータスは比較的物怖じしないが、普通のお猫様はこの中にいるのはストレスだろう。


 そう簡単に説得できるとは思っていなかったが、美来の気持ちは沈んでいくばかりだった。

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