第23話 ネコの救世主

 美来のもとには続々と相談が寄せられる。


 代表……を引き受けはしたが、別にレジスタンスのリーダーになったわけではない。


 イヌ派とのトラブルを持ち込まれても、どうしてあげることもできない。


 イヌ派が隣に越してきて、散歩と称して周辺を徘徊。しかも大型犬だ。人間もすれ違いたくない猟犬。


 そのイヌの匂いと気配にお猫様が怯えている。


 お猫様のストレスになるのなら、美来としても引っ越しを勧めるしかない。


 しかし野焼きのように前線を侵食させてくるので、引越し先は街外れになってしまう。


 そこを追い出されたらもう山へ逃げるしかない。


 踏み止まってくれというわけもいかず、かと言って「じゃあ引っ越してください」と言ったら、それは「代表の指示」ということにならないだろうか?


 その結果、山へ追いやられることになったら責任を取らされるのか?


 そうならなかったとしても負い目は感じてしまう。


 美来は平気だが、ご老人や老猫もいる。


 今はそこまで深刻ではないが、深刻になってからでは遅いのだろう。


 そうは思いつつも、美来の頭では何もできないのも事実だった。


「私はジャンヌ・ダルクじゃないです」


「いや、でも。ジャンヌ・ダルクっぽいですよ」


 いつものホームセンターに集まり、いつものメンツに愚痴をこぼしていると、克平が無責任な激励を返してきた。


「イヌ派の代表の方がそれっぽいけどな」


 遊谷は否定するが、それはそれで「負けそう」だと言われているようで複雑だ。


 そこへズシズシと宇宙服のランファがやってくる。


「あ……、ラン……ファさん。ちょうどイヌ族の侵略に参ってるという話をしてたとこなんですけど。引っ越すのは、間違ってないですかね?」


 克平がおずおずと質問する。


『問題無い。仲間達にストレスを与えることは許されない』


「でも、このままだと領土を追い出されそうで」


『それはお前達の問題だ。仲間達は保護するが、人間は流刑の星に追放される』


 それが嫌なら頑張れと。


 人間はお猫様の暮らしに役立つから置いているだけで、役に立たないなら捨てるだけだというのだろう。


 確かにそれは困るので、美来達で何とかしなくてはならないのか。


「いっそのこと、あいつら全部消し飛ばしちゃってくれればいいのに」


 彩乃がボヤくように言う。


「あー、それはできないみたいなんですよ」


 ランファがそう言っていた。


 言ってよかったのかな? とランファに伺うが「問題無い」と無機質に言われた。


 もし自分にだけ話してくれた秘密なら怒られたのだろうが、特に秘密を共有したのではないというのもそれはそれで寂しい。


「じゃ、その宇宙服の下にあるサティっていう腕時計みたいなものが、その武器ってことですか」


 本来武器というわけではないが、主な用途はそうなる。


 射程範囲は10メートルほどで、自身を転送することはできない。これは「是空」の場合なので、仲間にはできる者もいる。それは一段階上の性能だ。


「じゃあ、10メートル離れれば飛ばされることはないんだな」


 遊谷が弱点とばかりに呟く。


『あくまで平均なだけで個人差がある。それに母船にある転送装置は規模が比較にならないほど大きい』


 それはそうか。地球の軍隊に歯が立たなかったのだ。


「じゃ、その宇宙服は何のために? やっぱ地球の待機成分が合わないとか?」


 同じ空気を吸いたくないだけで無くても支障はないものだ、と克平の疑問にもランファは答えてくれた。


『本来は光学兵器など是空で防げない攻撃から身を守るためのものだ』


 だが地球にはそのようなハンディレーザーガンは無いのでもう必要ない。単に脱ぐ必要がないのでそうしているだけだと言う。


 ふーん、と遊谷や克平は少し興味を失う素振りを見せる。


「残念だなぁ。僕も使ってみたかったなぁ」


 と魔法でも使うように手を前にかざしてみせる。


 宇宙服を奪うことができれば自分達にもできるのではないか? とか考えていたのだろう。


『人間が同じテクノロジーに達するには、少なく見積もってもあと100年はかかるだろう』


 それもサンプルがあった場合の話なので、異星人の協力無しではひ孫の代でも実現するかどうか分からない。


 ネコ族が人間の遺伝子を解析して作ってやるなら数年で可能かもしれないが、そのためには何人もの人間で生体実験をしなくてはならないだろう。


 もっともそんな酔狂なネコ族はいないし、ネコ族の中にもできる者が限られている。


 遊谷が遺伝子情報ならある程度解析されているようなことを言うが、「遺伝子」という言葉は人間に分かるように使っただけで、人間の言うところの「遺伝子情報」とは根本的に異なるのだそうだ。


 確かに、人類は「意志の力」などというものは解析できていない。


 少し消沈する遊谷の横で克平は手から波動を発するようなポーズを続ける。


「そう言えば、コレ何て言うんです? 技の名前あるんですか?」


『コレとは何だ?』


 相手を別の空間に消し飛ばす技……を辿々しく伝える。


『手を前に出すのは単なるイメージだ。そんな必要は全く無い。空間転移のことはジャクゥと呼んでいるが機器や機能の呼び名ではないな』


 要するに特に技名は無い。


「じゃあ僕達が名前つけてあげましょう」


「男ってホントくだらないことが好きね」


 彩乃は呆れたように言うが、遊谷も乗り気だ。


 櫛引はロータスとメリーの間を取り持つのに忙しいようで、こちらの会話には全く入ってこない。


「ジャック砲?」


「あんまり意味が合わないかな……」


 ああだこうだと案を出し合う二人に「是空を入れた方がいいんじぉないですか?」と口を挟む。


 正直どうでも良かったのだが、さっさと終わらせてほしいのが本音だった。


 男二人は美来に注目し「それはいい」と沸き立つ。


 克平が彩乃に意見を求めて「知るか」と一喝された。


「是空砲……だと安直かな」


「ジャクゥの音は入れたいですよね」


 若の字は「じゃく」とも読むか? 是空を一文字で表すなら「無」か? など議論を続け。


「よし『若無ジャ・ナイ砲』。これで決まり」


 決定したようだ、と夢の世界に引き込まれかけた美来の意識は現世に戻る。


「どうです? かっこ良くないですか?」


「そうかな?」


 苦笑いを返す。


「それを両手で打ち出せば、『双若無ソウ・ジャ・ナイ砲』」


 そうじゃないと思うな……、と心底どうでもいいと聞いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る