第18話⑤シーズン開幕直前

田﨑は電気がついているコーチ室を覗いた。

吉川がパソコンに向かっていた。


「吉川さんお疲れ様です」


吉川はパソコンから顔をあげて眼鏡を机に置いた。


「田﨑か。練習終わって時間がだいぶ経ってるけど何してるんた」


「色々な人と話していました。

吉川さんは」


「俺は今は会社の方の仕事を少し終わらせてから帰ろうと思ってな」


「コーチになっていただいたことで吉川さんの負担が大きくなってしまいましたね。

すみません」


「俺が自分で決めたことだから。

コーチをやるって」


「ありがとうございます」


「村西が張り切っていて、仕事はかなり村西が受け持ってくれているから、ゆとりもあるぞ」


「村西さんただでさえ忙しいのに、吉川さんの仕事まで引き継いでいたんですね」


「俺のためじゃないぞ」


不思議な顔をする田﨑に、吉川は笑いながら言った。


「一つはかわいい人事の後輩のためじゃないか」


「自分ですか」


「村西、大学時代から田﨑のファンだったらしいぞ」


思いがけない言葉に田﨑は頬が熱くなるのを感じた。


「人事に異動してきてから、お前の不貞腐れた態度にはよく怒っていたな」


吉川は豪快に笑った。

「でも自分でもがいて、助けを求めて抜け出したお前を応援したいんだよ。

ただ、ラグビーでは何もできないから、コーチの俺の負担を軽くして、チームに関わる時間を増やして、間接的に田﨑を応援するみたいだぞ」


「周りくどいですね。自分には頑張っての一言もないですから。」


頑張って。なんて言葉はなくても自分が悩んでいた時はすぐに気がつき導いてくれた村西の言葉たちが頭をよぎった。村西はずっと応援してくれていた。

少し笑って続けた。


「でも村西さんの気持ちめちゃくちゃ嬉しいです」


「嬉しいだろ。俺も嬉しかったよ。

企業スポーツは周囲の理解やサポートはなきゃできないものだからな。

こんなに全力でサポートしてくれるメンバーが人事にいることが嬉しくてとまらないよ」


「はい。また村西さんに怒られないように、明日はワクワクする試合をみんなに見せます」


「まあ村西怖いからな。情けない試合したら俺まで怒られそうだ」


田﨑と吉川は一緒に笑い、握手を交わして別れた。


まだまだ準備に忙しそうな運営スタッフ1人1人声をかけて握手を交わして田﨑はクラブハウスを後にした。


改めて自分たちは多くの人に支えられていることを感じることができた。


自分の頬を両方叩き再度気合いを入れた。

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