第9話③人事部長吉川雅

大将と想い出を一通り語った吉川は、田﨑に向き合い、

「ところで今日はどうしたの」と尋ぬた。


「バックスコーチになってくれませんか」

ストレートにお願いをした。


「そんな話かと思っていたよ。

でも受けられないよ。申し訳ない」

と頭を下げた。


「どうしてですか、教えて下さい」


「理由は2つ。

1つは今の仕事が中途半端になる可能性があるから。人事の仕事は存在すら忘れられることがいい仕事なんだよ」

意味が分からず黙る田﨑に吉川は続けた。

「それが人事がうまく機能している証拠だと思わないか」

「はあ、、、まあそうですね」

と返事をした田﨑はあまり理解をしていなかった。

「俺もね、減点式の仕事が最初は嫌だったんだよね。何もなくて当たり前、何かあれば叱られる人事の仕事が嫌でたまらなかったよ。

目に見える成果が出そうな営業が格好良く見えて、憧れていたよ」


「営業に憧れる気持ちはちょっと分かります」


「だろ。でもさ、ある時からみんなが仕事に集中するために後ろからこっそり背中を押して行く仕事、なんかトラブルあっても最後は人事がみんなを守る仕事って気がついてからは、人事の仕事が好きになってさ、誇りにすら思っているよ。フルバックみたいじゃないか」

「フルバックみたいはちょっとこじ付けだったから」

と、笑いながら言った。


「人事の仕事をそんな風に考えたことは今までなかったです」


ビールをおいしそうに飲んだ吉川は、

「田﨑は、給与明細普段見るか?」


「あまり見ないです」


「なぜ見ない?気にならないのか」


少し悩んで田﨑は答えた。

「間違えなんてある訳ないって考えているからですかね。自分は振り込まれている額で生活するだけですから」


「それがすごいことだよな。

給与ってみんなが1番気になることが間違えるはずがない。って人事が信じてもらえていることが。そう思わないか?今の当たり前に失敗しない人事を作ることを俺は大切にしたいんだよ」


「部長の人事の仕事に対する想いは分かりました。2つ目は何ですか」


「2つ目は考え方の違いだな。

今のブルーウイングスは個々のフィジカルの強さ頼みのチームだと感じる。ある程度はそれで勝てるけど、やっぱり上位リーグに行くと通用しないから、昨シーズンの惨敗があるって俺は感じている。

自分のためのプレイに優れているが、チームのためのプレイができていない。という印象をすごく受けるんだよ。

勝負を制するのには個々の経歴よりも集団としての意思統一と自己犠牲が絶対必要だと俺は考えているから大きな違いがあるんだよ」


吉川の指摘はもっともだった。

仲間を待たずに単独で進みボールを取り返されたり、

仲間を信用しなかった結果のミスが連発していた。


「それがないからきっとサインプレイも腹落ちせずに、ミスやペナルティが多いと俺は思っている」


「部長の現役時代のビデオ見ました。

部長の個人技だけではなく、部長のプレイに対して、他のメンバーも遅れることなく対応ができていて、チームとして統制が働いていることに驚きました」


「だろ」

吉川は得意気に言った。


「きっと今のブルーウイングスには俺のスタイルは受け入れられないと思うから、コーチは引き受けられない。すまん」


再び頭を下げ、

「この話は終わりだ。

飲もう飲もう」

と吉川に打ち切られてしまった。


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