第1話①田﨑達也

田﨑は中村建設株式会社にて働きながら、

企業が所有するラグビーチームブルーウイングスに所属している。


入社6年目の田﨑は体力の衰えを感じているが、それよりも深刻な気力の衰えを感じる日々だ。


20歳以下の日本代表に選ばれて、世界の強豪チームと戦っていたときは怖いものなんてなかった。

187㎝という日本では恵まれた体型でも世界では普通だった。

それでも体の大きな選手が立ちはだかっても田﨑が逆サイドにステップを切るとおもしろいほどに引っかかる。

足元を狙ってタックルをしてきても悠々とジャンプで躱した。

田﨑がボールを持つと観客はファンタジスタのプレイに熱狂した。

大学時代は自分が注目を浴びることが当然だと考えていたし、大学選手権の決勝では観客の歓声で地響きがするピッチの中心に立っていた。


大学卒業前に田﨑には3つのチームから誘いがあった。

田﨑の地元横浜のチーム

日本代表を多く擁立し、日本リーグ常勝のチーム

最後は中村建設のチーム


ラグビーで一生食べていける選手なんてほんの一握り。ラグビーを辞めてからの長い人生を楽に生きるために、大手企業の中村建設の社員という肩書は魅力的だった。そんな消極的な理由で中村建設を選んだ。


テレビに度々取り上げられる友人達と食事に行く度に、

「達也はいいよな。引退後も心配なくて。」と言われる度に、

今の田﨑には望んでも見ることができない、聞くことのできない世界の話を聞く度に、

言葉にできない焦燥感に駆られた。


「田﨑、社内報の各部への配布数まとめたのか。」

急に、部長の吉川から声をかけられ、我に返った。

横浜支社の人事部に所属する田﨑は、定時まで仕事をして一度帰宅し、週に3回練習に参加するためにグランドに向かう。


吉川は昔ながらのサラリーマンで労働時間が会社員の価値と考えているようだ。

そんな吉川の下に、何があっても定時で帰る田﨑が配属されたのだから、面白くないのだろう。


赴任してから1週間ほど経ったときに、初めて吉川から声をかけられた時のことをはっきりと覚えている。

「仕事では田﨑には期待しない。」


その言葉の通り、担当の仕事は各部に配布する資料の部数確認や配布、社内に掲示するポスターに決裁を見ながら許可印を押して、各所に貼ること。

会議の議事録の誤字脱字の確認。


入社6年目の社員がどのような仕事をしているか知りようもないが、毎日下らない仕事に辟易とする毎日だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る