かごめかごめ(前編)

 涼子さんとのキスはお互い久しぶりだったせいか、まるで飢えた動物のように求め合い、息が苦しくなってもなお、求め合っていた。

 

 唇から顔、首、そして背中の芯まで伝わる温もりと共に、脳の奥がしびれるような気持ちよさを感じてしまう。

 それは石丸さんの時とは全く異なる快楽だった。


 もっと、もっと……

 そんな気持ちのままにお互いの身体のあちこちに触れて、手のひらでも快楽を求める。

 私の中の僅かな理性が自分の乱れきった姿を俯瞰ふかんで見ているような気がしたが、それによる恥ずかしさにも蓋をした。


 深い海の底に沈むような……いや、このまま沈んでしまいたい。

 愛する人とこの気持ちよさと共に沈んじゃって、私を取り巻く色んな物から……

 

 そう思ったとき。

 目の前の涼子さんの肌が石丸さんの陶器のような白い……ほのかな桃色が混じった本能を刺激するような肌に見えた。

 

 その途端、何故かさらに自分が興奮するのが分かった。

 自分がまるで石丸さんを征服しているような。

 自分の手で彼女を手に入れているような。

 それを自覚した途端、さらなる激しい衝動に突き動かされた。

 

 もっと……もっと。

 あなたは……私のもの。 


「由香里……さん」


 涼子さんは戸惑ったように言ったが、すぐに私の背中に両手を回した。


「……嬉しい」


 ※


「さっきはどうしちゃったんです、いきなり。ちょっと怖かったかも」


 涼子さんはそう言うとクスクス笑って、私の背中に指をわせた。

 背中にゾクゾクする気持ちよさを感じながら、私は顔を背けて言った。


「久々の涼子さんが綺麗だったから……つい」



 まさか先ほどの衝動の事など話せるわけが無い。

 とても涼子さんの顔を見て話せそうに無かった。


「嬉しいです。私も由香里さんとこうしたのって久々だったから、すっごく興奮しました」


 そう言って軽くキスをした後、私の胸に顔を埋めた。


「やっぱり私、由香里さんが好きです」


「私も。涼子さんが好き」


(先生、愛してます)


 急に脳裏に飛び込んだ石丸さんの声を、無理矢理頭の隅に追いやろうとしたど、それはまるで蜘蛛の巣を振り払おうとしたときのように、まとわりついてきて余計に絡みつく……


「やっぱり私、あの子ダメみたいです」


 突然耳に飛び込んだ、涼子さんの冷たい声が絡みつく声を切り裂いた。

 それによって我に返った私は、慌てて涼子さんの顔を見た。


「ダメって……?」


「石丸さんに決まってるじゃ無いですか。今日のやり取り、由香里さんも聞いてましたよね? 完全に私を手のひらで転がしてるつもりになってましたよ。あの子」


 つもり……

 いや、違う。

 つもりじゃなくて、完全に転がしていたのだ。石丸さんは自らの手のひらで。

 

 私は背筋に這い上がるような恐怖に鳥肌が立った。

 涼子さんは彼女を知らなすぎる。

 このままじゃ涼子さんが危ない。

 あの時の石丸さんの言葉の数々に、私は確信を持っていた。

 

 石丸さんは涼子さんを排除する気だ。

 

 どうするのか分からない。

 でも間違いない。

 涼子さんが危険だ……


「あの時由香里さんの膝の上に乗ってたのだって、絶対介抱なんかじゃ無かったですよね? 由香里さん、彼女に脅されてやらされてたんですよね? 困った顔してたし。絶対……許せない」


「あの……涼子さん。石丸さんの事なんだけどさ。あの子に関わるの……やめない?」

 

「それはどういうことですか?」


 涼子さんは私の胸から顔を上げると、怪訝な表情で言った。


「石丸さんは……ただの女の子じゃ無いと思う。江口先生もいなくなっちゃったし、とにかく底が見えなさすぎなんだよ。彼女は」


「……江口先生の件、石丸さんなんですか?」


「証拠は無い。でもそうだと思う。石丸さんは江口先生を手駒のように使ってたから」


「手駒? それってどういうことですか」


 私は迷ったが、石丸さんの家庭の事と江口先生との関わりを話した。

 あんまり何もかも伏せたままでは、涼子さんを守れない気がしたのだ。

 話を聞き終わると、涼子さんは眉をひそめて何度か頷いた。


「石丸さんらしいですね。小賢しいこと。下心を見透かされて利用された江口先生も大概ですけど。でも……そっか。阿波野先生と中村先生……」


 涼子さんはそうつぶやくと、また私の胸に顔を埋めてしばらく黙っていたが、やがてポツリと言った。


「今度、調べに行きません? 一緒に」


「え? 涼子……さんも」


「はい。2人であの子に勝ちましょう。これは勘ですけど、その2人の事って石丸さんのアキレス腱になるような気がします。本当は江口先生を捕まえられたら良かったんですけど」


「ダメだよ。石丸さんが知ったら本当に涼子さん……」


「由香里さん、怯えすぎです。このままだと、由香里さん一生石丸さんに囚われたままですよ。あんな子供に……。じゃあ決まりです。今度一緒に数日間お休み取って探ってみましょうね」


「……うん、分かった」


 ああ……ダメだ。

 私はその後、涼子さんが寝入ったのを見計らい、こっそりベッドから出ると携帯を取って隣の部屋へ移った。

 そして、石丸さんに今日の放課後に会いたい、とラインをした。

 すると、明け方のせいかそれから2時間ほど経った朝の6時に返事が来た。


『昨夜は佐村のおばさんとごゆっくりできましたか? それなら何よりですが。もちろんいいですよ。じゃあリエルはどうですか?』


『佐村先生が居るわけ無いでしょ! 私1人だから。じゃあ今日の6時にカフェ・リエルで』


『そういう事にしときますね。楽しみにしてます』


 そんなやり取りをして終わった。

 涼子さんと一緒に居ることを石丸さんが分かるわけが無い。

 大方、カマをかけたんだろう。

 あの子はそのくらい平気でやる子だ。

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