スクラップ・アンド・ビルド
また来てしまった……
涼子さんから「二人で会うな」と言われていたその足でこんな形に。
でも、今やそんな事は出来ない。
いろいろな意味で。
「どうぞ。あんなに大声出して喉渇いたんじゃないですか?」
そう言って目の前に置かれたサイダーを一口飲む。
「今日は……すぐ帰るから」
「はい。今日は佐村さんとの日ですもんね。私としても家の前であんな事を叫ばれると困っちゃうからお呼びしただけですし」
そう言って上品なしぐさでコップを持って一口飲んだ。
それにしても……
改めて周囲を見回す。
いまどき珍しい白色電球に照らされた木の天井は、あちこち染みがついており古びた木造の建物特有の歪みも見られる。
やっぱり石丸さんのイメージとかみ合わない。
そして、6月の頃最初に彼女の家に来た時聞こえてきた嘔吐のような音。
もう一つ気になるのは、初めて彼女の家に来た時、彼女には男性の家族が居たはずだ。
その人に迎え入れてもらった。
その人はなぜ、あれから姿を見ないのだろう?
たまたま不在なのかな……こんな時間にも?
夜勤をしてるの?
私は彼女の事を驚くほど何も知らない。
それも相まって目の前の少女がこの世のものならざる存在に思えるときがある。
彼女の事がもう少し分かれば……
そうすればこの不安感も少しは晴れるのだろうか。
どうせまともに答えるわけが無い。
ダメもとで……
「ねえ、あなたって趣味とか好みの異性のタイプってあったりするの? 後、将来の夢とか」
石丸さんはキョトンとしたような表情で私を見た。
「どうしたんです? いきなり」
う……もうちよっと核心に迫ることを聞くべきだったかな……
でも、その勇気が出ない。
まずは外側からちょっとづつ……
「う、うん。私、あなたと色々あったけど……あなたの事、何も知らないなぁ、って」
石丸さんは小さく吹き出すといたずらっぽい表情で私を見た。
「先生、ホントに分かりやすくて好き。この得体の知れない女は何者なんだろう? 少しでも情報収集を、って思われたんです?」
「え……ち、違う」
「すいません。そうですよね、この位はそろそろ共有しなきゃですね。えっと、趣味は……人を見る事です」
「え?」
また人を食ったような返答を、と思っていると、石丸さんは真剣な表情で言った。
「からかってませんよ。引っ越す前は団地に住んでたんですけど、そこの敷地内の公園のベンチに座って、歩いてる人達を見るのが好きでした。あの人はどんな事考えてるんだろう。あの人は何しに行こうとしてるんだろう、って歩き方や行動を観察して想像しながら楽しんでました。それにそうやって分かる事が増えると安心するし」
「安心?」
「はい。人って分からない存在や物事が怖いじゃないですか。少しでも知ってると自分を守る盾にも矛にもなりますから。で、好みの異性は居ません。先生は充分ご承知でしょうが、男性には興味無いので。タイプは先生です。愛してますから」
「それだけど……前も言ったけどなんで私なの? もっと綺麗な人や賢い人は沢山居る。あなたのために何かしてあげた覚えも無い。私があなたなら相手にもしないタイプだと思うけど……」
石丸さんは唇をツンと尖らせ、まるでふくろうの様に首を横に傾けたが、そのしぐさがやけに愛らしさを感じ、悔しいけど……ドキドキする。
「理由はいくつか有ります。お答えできるものだけ言いますね。この学校に転校して先生を見ているうち、私たち一緒だな……って思ったんです」
「一緒?」
「はい。『私はここにいる』って思えるようになりたい。この世界の片隅から、もっと真ん中に出て歩いてみたい。そう願っている者同士なんだな……って」
彼女の言葉を聞きながら全身に冷や汗が出るのを感じた。
私の心に秘めていた事。
それをあっさりと知られてしまっていたなんて……
「人って同類には鼻が利くんですよ。特に先生……すっごく分かりやすいし。他は内緒です。恋人同士でも秘密はあるべきでしょ」
「私たちは……恋人じゃないわ」
搾り出すように言った言葉に石丸さんはこともなげに返した。
「今さらですか? それ言うの6月くらいだったら有りでしたけど」
「そんなの知らない……話戻すけど、あなたは立派に真ん中を歩いてるじゃない。勉強も出来るし周囲からの人望もある。見た面もいいし」
そういった途端、石丸さんの表情が冷たくなった気がしたが、彼女はそのまま私の言葉に答えず話し始めた。
「最後の質問にお答えします。将来の夢でしたっけ。そうですね……私だけで完結してくれる相手が欲しい、ですかね」
「え?」
「そのままの意味です。世界に私と先生だけいれば完結する。そんな風にしたいです。『スクラップ・アンド・ビルド』って言葉ご存知ですよね? 邪魔な建物や設備を破棄して適切なものに置き換える、でしたっけ」
そう話す石丸さんの周囲の空気が急にヒンヤリとしたように感じ、私はなぜか怖くなった。
「何を……考えてるの?」
「そんな顔しないで下さい。先生、怖い」
石丸さんはそう言って、またも芝居がかったしぐさで自分の身体を両腕で抱きしめるようにした。
「でも先生が私に興味もってくれて嬉しいです。先生の事は追々聞くとして……嬉しくなったついでじゃないけど、よかったら見ませんか? 私のお部屋」
「……え」
石丸さんの部屋は始めてみる。
でもまさか……自ら見せるなんて。
彼女はかなりの秘密主義者だと思っていたので、驚きを隠せなかった。
「好きな人を部屋に入れる。まさに恋愛の大イベントですよね」
そう話す石丸さんの表情はその言葉と裏腹に、冷めた笑みを唇の端に浮かべていた。
その表情が気になったが、それよりも彼女の部屋への好奇心が勝った。
本当はこの前の謎の嘔吐の音も聞きたかったが、それよりもこっちだ。
私は石丸さんに続いて二階に上がった。
木造の階段は歩くたび高くギシギシと鳴っていて、穴が開くのではないかと思うくらいだった。
「そうだ、先生。落合公園いかがでした? この前行かれたんですよね」
「え……なんで?」
私は思わず足を止めてしまった。
誰にも言ってないのに……
「そんなの分かりますよ。先生の性格だとあんな意味深な言葉が出たら絶対調べようとされるでしょ? 私が言った後でいきなりお休みされてましたし。で、どうでした?」
私は何も言わなかった。
何でも石丸さんに丸裸にされてるみたいで怖かったのだ。
前を歩く石丸さんはからかうように小さく笑った。
「ふふっ、いじめすぎちゃいましたね。ごめんなさい。何も無かったですよね? そうなんです。あそこは特に何も無いところ」
「じゃあ、何であの公園を……」
「こっちの左側が私の部屋です」
石丸さんは私の言葉に答えず、左側のドアを開けた。
彼女に続いて部屋に入った私は中を見て……呆然とした。
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