笑顔と瞳
せっかく楽しみにしていた佐村さんとの映画。
そんな幸せな気分も、突然現れた石丸さんへの動揺でどこかに飛んでいってしまった。
今はただ動揺のあまりお手洗いにしきりに目を向けている私。
佐村さんが出てくる前にこの子にどこかへ行ってもらわないと……
この前の夜のことは当然ながら秘密にしているので、万一しゃべられた日には最悪だ。
「先生、どうしたんです? お手洗いばっかり見て」
「え? あ、そんな事無いわ。それより私も今はプライベートなんだけど……あ、先生じゃない、って意味ね」
暗に立ち去って欲しいと言ったつもりだが、石丸さんはどことなく冷ややかさを感じる笑みを浮かべながら続けた。
「お連れさん、お手洗いに行かれてるんですね? デートかな、と思ったけど女子トイレ何度も見てたから……あ、でも」
石丸さんは途中まで言いかけると、口に手を当てて可笑しそうに笑った。
その意味ありげな仕草に心臓の鼓動が早くなる。
なに、その言い方……なにが言いたいの?
「私をからかってるの? 教師をからかうなんて、あなたはそんな子だったのかしら」
「先生、さっきご自分で『プライベート』って言ってたじゃ無いですか。だったら今は先生と生徒じゃ無くて、ただの女性同士じゃないです?」
「へりくつ言わないで」
石丸さんはまるで駄々っ子を見るような目で私を見ると、ペコリと頭を下げた。
「すいません、言葉が過ぎました。でも先生……ホントに可愛い」
「あのね……」
「あ、お連れさん出てきましたよ」
驚いて目を向けると、佐村さんが出てきて私の方にニッコリと笑いかけたが、すぐに真顔になった。
「あら、あなた……1Aの……石丸さん?」
「こんにちは、佐村先生。お休みの所お邪魔してすいません」
石丸さんは先ほどとは異なる真面目な表情で静かに頭を下げた。
佐村さんは一瞬バツが悪そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込め教師の表情に変わった。
よそ行きの大人の笑顔に。
「大丈夫よ、気にしないで。偶然ね、石丸さんも来てたんだ」
「はい。このショッピングモールは好きなブランドもあるから、お休みの日は良く来るんです。今日もブラブラしてたら偶然涌井先生のお姿が見えて。お二人仲がよろしいんですね」
「教師だって人間だから、気の合う相手とプライベートを過ごすことはあるでしょ」
「そうですね。お二人、職員室でもよく楽しそうに会話されてますし」
佐村さんの言葉に石丸さんは笑顔で返したが、なんとなくその目は笑っていないように見えた。
「あなたもクラスで気のあう子とおしゃべりくらいするでしょ。それと一緒。……ねえ、石丸さん。あなたも自分の用事があるんじゃない? 休みの日に生徒と教師がこんな所でずっとしゃべってるのを他の生徒や保護者が見たら、あなたも誤解されちゃうかもしれないから……ね?」
佐村さんが包容力のある笑顔で、立て板に水と言う調子でしゃべっているのを、私は惚れ惚れと聞いていた。
このスイッチの切り替えの巧みさは勉強になる。
石丸さんはどう出るだろうとヒヤヒヤしてたけど、予想に反して神妙な表情で深々と頭を下げた。
「佐村先生のおっしゃるとおりです。すいません。涌井先生もお休みの日に手を煩わせて失礼しました」
「いいのよ、じゃあまた学校でね」
私は心からの安堵感を悟られないように笑顔を浮かべると、小さく手を振った。
しかし、その後で小首をかしげながら石丸さんの言った言葉に血の気が引いた。
「……所で、昨夜先生のお家に置いてきたショーツってどうしましょう? わたしの」
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