マリーゴールド

 頭が重い……

 色々と濃密だった土曜日。

 そこから一夜明けても、まだ私の身体から疲れは抜けてないみたいで、お酒でも飲んだかと思うくらいだった。

 特に最近雨が多くて、それも自律神経だろうか。この不調をさらに酷くしているようだ。


 でも、何が一番ウンザリするって、私自身昨夜の事に心の半分で喜んでいる事だった。

 ずっと密かに目を付けていた少女と濃密な関わりを持ったこと。

 石丸さんの下着姿を見て、からかわれたとはいえ自宅まで呼ばれたこと。

 それが私の中にある種屈折した喜びをもたらしていた。

 その事に微かな苛立ちを感じていたのだ。

 まあ、あのショーツはどうしようか……

 まさか学校に持って行くわけにも行かないし。


 私はホッと大きく息を吐くと、冷蔵庫からジャスミンティーを出して、グラスに注ぐと飲んだ。

 ジャスミンティーの爽やかで甘く、優しい香りに気持ちがリセットされていくのを感じる。 私は満足しながらグラスをしげしげと眺めた。

 透き通った透明なガラス地に、二匹の猫が寄り添って月を眺めている絵がサンドブラストで彫られているグラス。

 年末の誕生日に佐村さんがプレゼントしてくれたのだ。

 もちろん彼女は、純粋に先輩である私への誕生日プレゼントのつもりで、それ以上でもそれ以下でも無いことは分かっている。

 自分で言うのも何だけど、彼女の面倒はかなり見てきてたし。

 でも……私には宝物だ。


 そして、今日の昼からは佐村さんと映画を見に行く。

 佐村さんと私がたまたま公開されるファンタジー物の映画に興味があり、話の流れで一緒に見に行こう、と言う事になったのだ。

 それを思うと驚くほどテンションが上がり、昨日のウンザリとした気持ちが溶けて行くようだ。

 私はグラスを愛おしく撫でながら、時計を見る。

 まだ8時か。

 待ち合わせは13時

 万全の体調でオシャレして会いたいな。

 

 ※


 自宅から車を30分ほど走らせて、大型ショッピングモールの駐車場に停めた私は、いそいそと佐村さんとの待ち合わせになっている、2階のカフェへ向かった。

 もう少し近くにもシネコンの入ったショッピングモールはあるのだけど、そこは教師の悲しさ。

 プライベートを不用意に生徒に見られることを避けたいのだ。

 まぁ、まだ私たちは女性同士だからいいけど、これが異性だったら見られたが最後。

 とはいえ、私と佐村先生とて生徒の話の種になるのはめんどくさい。

 「あの先生とこの先生は学校外でも仲良し」とかそんな話になるだけで、口うるさい生徒らは興味本位ではやし立ててくるのだ。

 ああ、めんどくさい。


 店内に入ると、佐村さんはすでに窓側の席でアイスコーヒーらしき物を飲んでいた。


「ごめんね、待たせちゃった?」


「全然。少し前に来たところです。って、これまるでカップルみたいな事言ってますね」


 佐村さんはそう言ってクスクス笑う。

 カップルか……


「所で先輩、凄いオシャレですね! 本当に綺麗。似合ってますよ」


「え? そうかな。いっつも着てる服だから、そう言ってもらえて嬉しいな」


 嘘だった。

 彼女が以前「涌井先輩、黒って本当に似合いますよね」と言ってたので、この日のためにわざわざ買ってきたのだ。

 黒いフリルスリーブワンピースとベージュのパンプス。

 どう思われるかドキドキしたけど、佐村さんの笑顔を見て着てきて良かったと安堵した。


「佐村さんこそいい感じだよ。よく似合ってる」


「もう! 先輩に言われたら嫌みに聞こえますって!」


 それから軽くお昼を食べながら、時間まで学校の事を中心に色々と話をした後、私たちは映画館に入りお目当ての映画を見た。


「面白かったですね! 特に主人公の子がペンダントから大きな犬を出す所なんて、ドキドキしましたよ! 映像も綺麗でホント良かった~」


「そこ良かったよね! 私は仲間の女の子の暴走気味な所が面白かったかも」


 佐村さんの楽しそうな顔を見ていると、こっちもついついはしゃいでしまう。


「じゃあ先輩。私、ちょっと……」


 そう言うと佐村さんがお手洗いに行ったので、私は近くの壁にもたれてぼんやりと映画の余韻に浸っていた。

 この後は最近見つけたお気に入りのパブに彼女を案内する予定だ。

 気に入ってくれるといいけど……

 

 そんな事を考えていたとき。

 突然「涌井先生」と横から聞き覚えのある声が飛び込んできた。


 心臓が大きく跳ねる音がして、弾かれるように顔を向けるとそこには石丸さんが立っていた。

 茶色のTシャツとスカート、それに同系色のシアートップスだが彼女が着ると華やかささえ感じてしまう。

 だが、今の私はそれを感じるどころでは無かった。


「やっぱり先生だ。凄い……こんな所で偶然ですね。ビックリしちゃった」


「なんで……ここに」


 自分の声が隠しようがないほど震えているのが分かった。

 石丸さんはそんな私の様子に気付いているのかいないのか、キョトンとした顔で言った。


「だってここ、おっきい映画館もあるし、私の好きなブランドが入ってるんです。土日には結構来るんですよ。私に言わせれば先生こそなんでご自宅からこんな離れたところに? って感じです」


 そう言った後、石丸さんは小首をかしげて私の目を見ながら続けた。


「デートですか?」

 

「え? ……いや……そうじゃなくて」


「あ、口ごもるって事はデートなんだ。いいなぁ。ねえ、先生。私もご一緒していい?」


「教師をからかうのはやめなさい」


 意識して強めの口調で言うと、石丸さんは薄く微笑み「はあい」と答えた。

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