塗りつぶされた色
自分の顔が急にヒンヤリと冷たくなるのが分かった。
そして、左側に軽く引っ張られたような。
ああ……これが「頭がクラッとした」と言う事か、と現実逃避めいたことを一瞬考えて、私は隣の佐村さんを見た。
佐村さんは信じられない物を見るような目で私を見た後、すぐに表情を切り替えて石丸さんを睨んだ。
「石丸さん。冗談でも言っていい事と悪いことがあるのは、賢いあなたなら分かると思うんだけど」
「冗談じゃないです。昨日の夜、涌井先生のお家に上げて頂いて、シャワーも頂いたので。そうですよね」
そう言って石丸さんは私を見る。
笑顔だったけど、その目はまるで射るように鋭かった。
なんで、今日はこんなに攻撃的なの……この子。
どうしよう……どうしよう……
自分の立場を失うのも嫌だ。だけどそれよりも佐村さんに嫌われたくない。
どっちも嫌だ。
仕方ない。言いたくなかったけど、正直に言うしか無いだろう。
「そうね、確かに事実です。でも、あれはあなたが突然私のアパートの駐車場に現れて、相談がある、って言ったんでしょ。全身ずぶ濡れだったし、そのまま返すわけにも行かない。何より、そこまでして相談したいことがある生徒を帰すことは私には出来ません。生徒は我が子同然なんだし。あと、ショーツの件は、あなたも慌ててたんでしょうね。に、してはそそっかしいにもほどがあります。さっきの誤解を招く言動も含めて、あなたもこれからバイトとかちょっとづつ社会と関わるんだから、気をつけなさい」
心臓が爆発しそうだ。
気を抜くと早口になり声がうわずりそうになるので、冷静な叱責と言う体を保つのに必死だった。
マズいな、しゃべりすぎ……
石丸さんは無表情でじっと私を見た後、ニコッと笑顔になるとまた深々と頭を下げた。
「分かりました。確かに軽率な言い方でした。私ってそういう所があって……ご指導感謝します」
「そうだったの……確かに言葉は選ばないとね。まだ1年生だから仕方ないけど、あなたはとても賢い子だからすぐに直るわよ」
佐村さんが優しく言うと、石丸さんもまたペコリと頭を下げて「それじゃあまた学校で、よろしくお願いします」と言うと、ブティックが並ぶ方に歩いて行った。
良かった……
「ビックリしましたね! まさか石丸さんと鉢合わせなんて」
先ほどとはガラッと変わった口調と表情の佐村さんに安心感を感じながら頷いた。
「うん。あの子、ここに良く来るんだね……」
「これからはもっと遠出しなきゃですね。また探しときます」
その言葉に顔が熱くなるのを感じた。
また、一緒に出かけてくれるんだ。
それにしても、さっきの石丸さんは何だったんだ……
あんな彼女、初めて見た。
そう思いながら何気なく彼女の歩いて行った方を見ると、石丸さんは少し離れたブティックの前に立っていた。
そして、私の方を見ると舌を出してアッカンベーをして、早足で歩き去って行った。
「……どうしたんですか、先輩」
「あ、ううん。大丈夫」
「に、してもさっきのショーツの件、本気で焦りましたよ! 脳がフリーズしちゃそうになりましたもん!」
「うん……ゴメンね。私も軽率だった」
「でも、今後は気をつけて下さいね。生徒を家に上げるのは流石にギリギリ攻めすぎですよ。……でも、そういう所が好きです」
その言葉に顔がカッと赤くなる。
好き……
そういう意味じゃないのは分かってるけど。
「あ、ありがと。うん、気をつけるよ。良かったらビックリさせたお詫びじゃ無いけど、夕飯奢るよ」
「え! やった! じゃあお言葉に甘えて。先輩にぜひオススメしたいイタリアンがあるんです。行きません?」
「うん。もちろん」
私はワクワクする気持ちを抑えながら答えた。
どんなお店なんだろ……
その事で頭が一杯になって、石丸さんの事はすぐに塗りつぶされた色のように消えた。
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