静寂と戦慄

「先輩……起きてます?」


 心地よい暖かさに浸りながらボンヤリと目を覚ました私は、そのまま彼女の裸の胸に顔を埋めた。


「うん、起きてる……」


「先輩って甘えんぼさんだったんですね。以外だけどいい感じですよ。可愛くて」


「先輩はヤダ。由香里って言って」


「え~、じゃあ私も佐村さんは嫌ですよ」


「じゃあ涼子さんにする」


「それでいいですよ、由香里さん」


 そう言うと、涼子さんは私の胸にキスをしてそのまま噛みついた。

 微かな痛みと共に、不思議な心地よさがある。

 昨夜はアチコチに涼子さんの噛んだ後が付いたのだけど、彼女曰くこれも「上書き」らしい。


「石丸さんとはホントになにも無いんだよ」


「知ってます。流石にそんな洒落にならないことはしないでしょ? でも、それに近いことはある気がする。だから……そんな悪い子には私の痕を残しちゃいます。お風呂でも着替えでも見えるように……嫌ですか?」


「ううん、なんか嬉しい」


 涼子さんは嬉しそうに笑うとまた、唇にキスをしてきた。


「今日は仕事か……」


 この暖かくて柔らかい時間ももうすぐ終わる。

 残念で仕方ない。

 と、思っていると涼子さんがイタズラっぽい笑顔で言った。


「このまま寝ちゃいません?」


「え! それって……マズくない?」


「全然。私も由香里さんも有給ろくに取ってないじゃないですか? いいと思いますよ? 私は生理痛にしようかな。由香里さんは……うん、こういうときの王道で風邪! どうです」


 ずる休み……

 そんなのこれまでの人生で一度もしたこと無い。

 自分が凄くイケないことをしているような……だけど、涼子さんと一緒ならそれはドキドキする冒険みたいに感じられた。


「……じゃあ、そう……しちゃおうかな」


「決まり! じゃあまず由香里さんからでいいですよ。教頭にラインしちゃってください」


 それから私たちは昼前までベッドで抱き合って過ごして、それから遅い朝食件昼食を楽しんだ。

 と、言っても冷凍チャーハンだったけど、それもとても美味しく感じられた。

 それからはさすがに外に出るのははばかられたので、夜までソファでくっつきながら外国ドラマを見て過ごした。

 好きな人と過ごすのって……こんなに景色が色鮮やかになるんだ。

 

 透明人間の自分。

 誰も愛したり愛されることの無い自分。

 そんな自分に色が入り形が浮かぶ。


 その夜、涼子さんのアパートを出た私は自分の家に帰った。

 1人の部屋は酷く寒々と感じられる。

 7月になろうかという蒸し暑い空気が、酷く不快感を誘う。

 そんな気分を消したくて、涼子さんにラインしようかと携帯を出したとき……ふと、見慣れた部屋に妙な何かを感じた。

 

 特に何が変わったわけでも無い。

 一見何の変化も無い。

 でも、なんだろう。

 何かが変わったような……

 

 違和感……?

 脳裏に浮かんだその言葉で思い出した。

 一昨日、石丸さんとカフェで話したときに感じていた違和感。

 その正体。

 それが2カ所、ハッキリと浮かんだ。


 そうだ。

 

 あの石丸さんが見せた江口先生とのやり取り。

 彼女は「脅迫されている」と言ってたけど、江口先生の返事は……脅している人間のそれではない。

 そもそも脅迫している時点で優位に立っているはず。

 そんな人間が「こんな事が続くなら他の人に言ってしまうかも」とか「見捨てられたらどうすればいいか分からない」「答えて欲しい」「信じてるんだ」なんて単語を使うだろうか?

 まるですがりつくかのような。


 何より、石丸さんはラインの履歴を「証拠になるから消せ」と言われたから、と言っていたけど、彼女ほど聡明な……駐車場で江口先生をあれだけやり込めた彼女が「消せ」と言われて素直に従うだろうか?

 口ではそういいながら、実際は事前に別の形でデータを残しておくのでは無いだろうか。 

 しかもあんな……言い方は悪いが石丸さんに都合の良い部分だけ残してる。

 まるで、それ以前を見られると都合が悪いかのように……


 思考が進むにつれて、身体が細かく震えてくるのが分かった。

 

 明日、江口先生に聞いてみよう。

 涼子さんには……それからだ。

 その考えを進めることに夢中になった私は、いつしか室内に感じていた違和感の事を忘れてしまっていた。

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