光のない輝き

「お母さんはなぜこんな絵を……」


「さあ。でも、私この絵好きです。私たちの一家を良く現してて。そこに居るけどイマイチ実態に乏しい。カラフルなようで色が無い。笑っているけど笑ってない。そして悪いお父さんはいなくなった」


「やっぱり……お父さんいないんだ」


「はい。父は私とお母さんを家族として見ていませんでした。役所で生活保護の人たちを担当してたんですけど、そこの保護の女性と息子さんの方を家族のように思っちゃって。新しいオモチャに目が行っちゃったんでしょうね」


 絵を見ながらまるで他人事のように話す石丸さんの口調からは何の表情も伺えなかった。


「ああ、違うか。そんな父はひと月に一回程度帰ってきては母と大げんか。で、私を見るときだけは、光が宿っていました……汚らしい欲望に輝いた光が」


 そう言うと、石丸さんは部屋の中をぐるりと見回す。

 

「そんな父も先週亡くなりました。お世辞にも幸せな晩年では無かったけど、散々偽善と欲望にまみれた人生を送ってきたんだから、バランスは取れてたかな? って思いますよ」


 その時、私の脳裏に恐ろしい事が浮かび、震えながら言った。

 あの……嘔吐音……


「そのお父さんって……まさかこの家に?」


 石丸さんは私の顔を見ると、ニッコリと笑ったが……その目は私の心を凍り付かせるようだった。

 光が無いけど、輝いている。

 そうとしか言えない、初めて見る目だった。


「何でも口に出す人って心配になっちゃう。先生の事愛してるから余計に」


 私はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 ただ、もう答えは聞いた気がする。

 ああ……背中が冷や汗でビッショリだ。

 一度帰って、思考を整理したい。


「このお部屋も気に入ってるんです。私、無駄な物って嫌いだから。あ、本を読むのも大好きなんですよ。隣の部屋にあるからご案内します」


「あの……ごめんなさい。……もう帰りたいんだけど」


「それは大変。このお部屋ベッドもあるんですよ。良かったら休んでいって下さい」


「そうじゃなくて……自分の家に」


「なんで? ご自分の家もこの家も休めるのは変わりないですよ」


「自分の部屋に行きたいの……疲れちゃって」


 石丸さんはそれに答えず、私の前に歩み寄って優しく微笑んだ。


「先生には私の丸ごとを愛して欲しい。私は愛せますよ。先生の丸ごと。だから佐村のおばさんとの事も受け入れた。先生のどんな醜いところも、誰にも見せたくないところも全部好き。だから……先生もそうして」


「あなたの丸ごとって……何?」


 石丸さんは私の背中から覆い被さるように抱きしめると、私の頬にキスをした。


「先生、愛してます」


「……」


「どう言うんでしたっけ?」


「石丸さん……愛してる」


「そうです。どんな事でも人は慣れちゃいます。私の全てに慣れちゃったら……後悔させませんよ。あなたは全てを手に入れる。地位もお金も快楽も……心からの愛も」


 頭の芯がボンヤリとしてきたとき。

 突然、石丸さんの携帯が鳴った。

 彼女は最初、切ろうとしていたが急に表情を曇らせて、部屋を出て行った。

 そして、それから5分ほどして戻ってくると「先生、ごめんなさい。急用が出来ちゃって。今日はもうこの辺で……」と言ったので、渡りに船とばかりにいそいそと家を出た。


 助かった……

 このままここに居るには正直、情報量が多すぎた。

 今日の所は。


 そして、ニコニコと笑う石丸さんに見送られながら、家を出た私は……電柱の影に身を潜めた。

 あの電話。

 急に石丸さんの顔が変わった。

 そして、あれだけここに留めようとしてたのに、急に……

 彼女らしくも無い。

 

 私の脳裏に少し前の江口先生と思われる車の事が浮かんだのだ。

 涼子さんに報告できる何かをつかめるかも。

 そう思って見ていると、さっき見たのと同じ車が家の前に止まった。


 やっぱり……


 心臓の音が激しくなるのを感じながら、見ていると車から降りて来たのは……江口先生だった。

 私は電柱から身体を出さないようにしながらも必死に、その姿を見た。

 すると、家の中から石丸さんが出てきて……次の光景に私は思わず声が出そうになった。


 石丸さんは江口先生の頬を強く叩いたのだ。

 

 え……


 呆然としていると、江口先生はまるで酷く怒られた後の生徒のように、何度も頭を下げていた。

 石丸さんに向かって。


 これは……どういうこと。


 その時。

 石丸さんがこっちに視線を向けたので、慌てて身を隠す。

 バレた!?


 でも、石丸さんは小首をかしげると、江口先生の腕を引っ張って家の中へと入っていった。

 バレなかったみたいだ。

 よかった……


 私はその場を離れると、早足で歩きながらさっきの光景を何度も考えていた。

 あれは……何?

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