澄み渡る青
落合公園の展望台は1週間程度しか立ってないのに、凄く久しぶりに来たように感じた。
それは涼子さんと一緒に来てるからなんだろうな……
お祭りも最終日のせいか、人はみんな下の祭り会場に集まっていて、展望台は誰も人影が無く静まり返っている。
私は不安でドキドキしていた。
展望台のベンチに並んで座っている涼子さんは、ずっと黙っている。
何かに耐えているように見えるその姿は、私の心も押しつぶされそうになる。
でも、石丸さんが来るまで後40分程度。
時間に正確な彼女は下手したらもっと早く来るかもしれない。
それまでに話を聞いておかないと。
「ねえ……涼子さん。私に言いたい事あるんでしょ?」
そう言うと、涼子さんはうつむいてハンカチで目元を押さえ……言った。
「由香里さん。キス……してもいいですか?」
「え……ここで?」
「はい。お願いします」
恥ずかしいな……
でも、涼子さんの酷く切羽詰った様子。
とても拒否できる感じじゃない。
言われるままに瞳を閉じる。
涼子さんの両手が私の肩に……近づいて……
次の瞬間、私の喉が締め上げられる感触を感じて、思わず目を開けた。
そこには私の首を絞めている涼子さんの姿があった。
なん……で。
私は苦しさでボンヤリしながらも、思わず涼子さんのお腹を蹴った。
不意を疲れた彼女は両手を離すと後ろに倒れこんだので、慌てて距離をとる。
「な……なんで!? なんで!」
パニック状態の私に涼子さんは言った。
「いつから知ってたんですか?」
「え?」
「私のこと。いつから知ってたんですか? 石丸さんと会ってたときですか? 何で? ちゃんと聞き逃さなかったかはずなのに」
「え……何のこと? あと、聞き逃すってなに?」
「由香里さん……私のこと、愛してくれてたんじゃないんですか?」
「じゃあ何で……こんな……」
涼子さんはどこか焦点の定まっていない目で言った。
「だって、由香里さんを愛してるから。だから今までずっと……頑張ってたのに」
「うん、知ってるよ。あなたが私のために頑張ってくれてたよね! 授業のことや石丸さんの……」
「だから江口だって追い払ったのに!」
え……?
「江口……先生? 追い払ったって? あれ、石丸さんじゃ……」
「あんなガキができるもんか! 江口をそそのかして、由香里さんのお家での事も見させてた。愛する人の全てを知るのは当然でしょ。あの子からも守らなきゃ行けなかったし。でも、アイツはいわなくてもいい事まで……阿波野先生のことを知ったら、由香里さん、私のやってた事に気付くかも知れない。そうなったら……愛してくれなくなっちゃう」
涼子さんはぼんやりとした表情で続けた。
「でももうおしまい。もうあなたは私を……愛してくれないでしょ? 全部知っちゃった。あの絵葉書だって知ってたんでしょ! 『お前は阿波野先生と一緒だ』って!」
「私、涼子さんの事なんて知らないよ。なんなの、それ」
それを聞いて、涼子さんは酷く表情をゆがめると、顔を真っ赤にした。
「あの子……そうか……」
そう言って涼子さんはわたしに近づいたが、必死に逃げた。
「もうおしまい! 由香里さん、一緒に死んで下さい。私、ずっと貴方を愛してたんです。あんな小娘よりずっと先に! なのになんで……」
そう言って涼子さんは駆け寄ってきたので、展望台を降りる石段に向かって逃げた。
背後から足音が聞こえる。
もう……無理かも。
その時「先生!」と言う声が聞こえた。
あの声は……
「石丸さん!」
どこに居たのか、突然石丸さんが石段の影から出てきた。
「これは……」
石丸さんが呆然と言った直後、涼子さんが私に向かって飛び掛ってきた。
その時。
石丸さんが私の前に出た。
そのため、涼子さんと石丸さんがぶつかって、二人はそのまま……石段を転がり落ちた。
石丸さん……涼子さん。
私は少しの間呆然としてたが、ハッと我に帰ると石段を駆け下りた。
涼子さんは頭部から血を流してたけど、首があらぬ方向に曲がっていて動かない。
石丸さんは……
「石丸さん! 大丈夫!」
声をかけるとわずかにうめき声を上げた。
良かった……生きてる。
「ごめんなさい! 私をかばおうとして……ゴメンなさい!」
泣きながら何度も言うと、彼女の目が薄っすらと開いた。
そして消え入りそうな声で「先生……」と言った。
私は泣きながら彼女を強く抱きしめた。
「私……石丸さんを愛してる」
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