第30話
「――見せて」
何とか離宮に戻った私たちは、急いでエルヴィンの目を治療した。
毎日治癒魔法をかけていると、真っ白に濁っていた瞳がほんの少しだけ改善しているようにも見える。
「これ、わかる?」
「……わからない。目の前に何かあるのはわかるけど、塊にしか見えないくらい酷くぼやけている……」
「……そう…………」
エルヴィンは目を眇めてよく見ようとするが、目の前にある指の本数どころか、手を出されていることさえわからないようだった。
(私が出遅れたからエルヴィンが……)
「ディアーナ。大丈夫。初日は目を開けられないほどだったのに、今は光も感じる。ディアーナの治癒魔法のおかげで少しずつだけど改善している。僕の目はきっと良くなる」
「そうね……。うん、私が絶対に治してみせるわ!」
きっとエルヴィンが一番不安なはず。
それなのに、私のほうが励まされるなんて。
守りきれなかったと落ち込んでいる場合ではないわ!と前を向く。
「――よし。今日の治癒はおしまいっ。……それじゃあ、私は浄化に行ってくるから。エルヴィンはゆっくりしていてね」
「いってらっしゃい。くれぐれも気をつけて」
エルヴィンには言えていないけど、先日討伐した違和感のある興奮した魔物。あれと同じような魔物が頻繁に出没するようになっていた。
魔物には良い魔物も悪い魔物もいるけれど、普通は人を襲わない良い魔物が興奮状態になって村を襲ったこともあった。
抑え込むために私が毎日呼ばれ、討伐隊によって駆除されている魔物。
襲われている村は建物が壊れて酷い状況だけど、不幸中の幸いとして誰も亡くなっていなかった。
自分の部屋に戻り、杖を引き出しから取り出す。
杖の横に、笛が入っている。
今、目の見えないエルヴィンが少しでも暇を潰せるように、笛を用意してみた。
笛ならば目が見えなくても感覚で音を奏でることができるはずだから。
世話係が昨夜、私が寝るころに持ってきてくれたのだった。
(せっかくだから渡してから行こう)
もう一度エルヴィンの部屋へ行くと、部屋の中から話し声が聞こえた。
「――いいでしょ?二人で行きましょうよ」
「何を言ってるんだ?なんだからしくないな……もしかしてこの目のこと、そんなに気にしてるのか?」
「もちろん。その森にある泉の水はどんな病にも効くというのよ」
「そんな奇跡のような泉が隣国にあったとは初耳だ。ディアーナはどうしてそんなことを知ってるんだ?」
(え?ディアーナって……?)
扉をそっと開けて覗いてみれば、ベッドの背に凭れて座るエルヴィンの側には妖艶な女性が立っていた。
赤い瞳と赤い唇を三日月のように歪め、エルヴィンの頬に触れようと手を伸ばしている瞬間だった。
私は、その女性の顔に見覚えがあった。
「やめて!!」
黒き魔女の長い爪がエルヴィンの頬に触れる直前、私は部屋に入った。
直ぐに杖を構えてエルヴィンと自分に保護結界をはる。
が、黒き魔女は一瞬で消えてしまった。
黒き魔女が退いてくれたことに安堵しつつも、何も攻撃してくることなく去ったことが不思議だった。
室内を見渡してみても、特に何も仕掛けられていないように思える。
一歩、ベッドへと近づくと、ある香りがした。
「……この香りって…………?」
「ディアーナ?どうしたんだ?」
目があまり見えていないエルヴィンは、何が起こったのかわかっていない様子だった。
「……エルヴィンがくれた香水の香りがするわね」
「ああ。つけてくれているんだろ?この香りがするから目が見えなくても、ディアーナがいることがすぐわかるよ」
「……香りで?」
黒き魔女は私になりすましてエルヴィンに接触してきた。
その理由がわからない。
私が討伐隊と一緒にここを離れている間にまた接触してきたらと思うと、怖くなった。
(そもそも、離宮は結界で守られているんじゃなかったの?誰も異変に気づいていないの?私も気づかなかったけど……。黒き魔女の力はそんなに卓越しているということなの?)
開いたままの扉の向こうで人の気配がして、急いで振り返ると、討伐隊の一人が急かすように立っていた。
「ディアーナ、どうしたの?何かあった?」
「……戻ったら話すわ。とりあえず、今日は部屋から出ないで」
エルヴィンの部屋に保護結界をはり、私は討伐隊と魔物駆除に向かった。
そして、夕方に戻ってから、黒き魔女が入り込んでいたことや、エルヴィンと話していたのは黒き魔女だったことを伝えた――――
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