第3話 ●
うちは両親と俺以外に四人の弟妹の七人家族。
平民で、あまり生活に余裕のない家で育ち、富や名声に憧れがあった。
近所に住む幼なじみのウーゴと共に、俺の祖父が営んでいた剣術道場で鍛錬した少年時代。
将来は軍に入って武功を上げ、いい暮らしをしようとウーゴと何度も夢を語っていた幼少期。
年頃になると実際に軍に入ることを真剣に考えた。
この国で志願したら誰でもなれる一兵卒は、主に戦場で使い捨てにされてしまう。
出兵ごとに給金は与えられるが、出兵しなければ当然金は貰えない。他国でいう傭兵のようなシステムだ。
平民の一兵卒でも何度か武功を上げると、国立軍に正式に入隊することが可能になる。
正式な軍属になれば、出兵しなくても月々の給金が貰えるし、出世も夢ではない。
といっても、俺はやっと正式な軍属になったばかりだが。
市民階級制度の名残である貴族たちは、大金を積めば実績がなくても入隊できるのだが、ただの平民にはそれさえできない。
が、俺は幼なじみのウーゴと共に、先の争いで運良く相手の将を討ち取ることができた。
俺は無事に、戦場で使い捨てられる一兵卒から国立の軍属へと出世できたわけだ。実力で。
俺は、子供のころに描いた夢を順調に叶えていた。
(このまま夢だった指揮官まで一直線にいってやる……!)
正規の軍属になって数日。
なんと国王陛下自ら俺に頼みたい仕事があると謁見の間に呼ばれた。
しかも、「これは特別な仕事だ。極秘の仕事ゆえ、口の硬いものにしか務まらない」と言うじゃないか。特任伝令係と言うらしい。
だから、魔女の指摘通り、陛下が「後は頼む」と退席されてからは浮かれていて、上官の言葉を話半分にしか聞いてなかった。
城の裏にある森のさらに奥深く。
王都で育った俺でも、城の奥の森には絶対に近づいてはいけない。魔物がいる。もっと奥深くには魔女もいる。魔女に見つかったら怖い悪戯をされる――と聞かされていた森。
最後の、魔女がいる――については、悪さをする子供に言うことを聞かせるために、大人たちが都合よく言っていることだ。
と、思っていた……。
本当に森の奥深くに魔女が住んでいて、さらにはその魔女に王家は仕事を依頼していたという衝撃の事実と、その伝令係を任されたという重責。
上官から任務内容について簡単に説明された後、「これがあれば森に入っても迷わずあのお方の館へ行くことができる。任期中は絶対に肌身離さず持ち歩くように」と、ペンダント型の方位磁石を渡され、早速送り出された。
森に入る頃には、陛下から直接任命されたときの高揚感は一気に失せて、憂鬱だった。
内心、魔物が出るのでは?とビクビクしながら、方位磁石の指す方向へ歩く。
軍人である俺は、山奥の戦場で一度だけ魔物を見たことがある。魔物は実在していることを知っているのだ。
鬱蒼とした森の木々が突然途切れたと思ったら、小さな石造りの家が建っているひらけた空間に出た。
それまでの薄暗さや少しじっとり重く感じる空気感はない。
不思議なほど空気が澄んで感じた。
なぜだか心地の良い空間だと思った。
◇
不本意ながら魔女の館に戻った俺は、狭く短い廊下の先にある狭い部屋へ案内された。
魔物に怖気付いたわけではなく、「私からの返事を持っていかないと任務遂行とは言えないけどいいの?」と続けて言われたからだ。
断じて魔物が怖いわけではない。
「どうぞ、入って。狭いけど、歴代の伝令係はここで寝てもらっているから。好きに使って。寝具はクローゼットの中に仕舞ってあるから、自分でしてね。落ち着いたらダイニングに来て。お腹すいているでしょ?」
俺は素早く室内を見回した。
クローゼットとベッドとサイドテーブルしか置かれていない簡素な部屋。
少女――いや、もう魔女ってことでいいか。
魔女の言う通り、狭い。
仮眠室のような部屋だと思った。
反抗心から俺は返事をしなかった。
魔女ははなからこちらの返事は期待していなかっただろう。
言うだけ言ったら、すぐに部屋から出て行った。
クローゼットを開けると、清潔なシーツや毛布が入っていた。
新しいものではないが、きちんと洗濯されているのがわかる。
部屋の中を見ても、埃が溜まっていることはない。
本当に歴代の伝令係が使ってきた部屋なのだろう。
ベッドを整え終わると、俺は少し迷った。
一晩くらいこのまま飲まず食わずでも耐えられる。
言われた通りダイニングに行って、何かされないとも限らない。
だが、俺がこの館に戻ったとき、魔女は心配そうな顔から、ほっとした顔へと変化させた。その顔に嘘は感じられなかった。
結局、少ししてからダイニングへと行くと、ダイニングテーブルにはトマトが三個置いてあった。
古い床が俺の体重でギシと鳴り、背を向けていた魔女が振り向く。
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