第12話 ●

 訓練場へ行くと、手合わせの声が掛かった。

 一対二の訓練と言われ、すぐに承諾した。

 伝令係としての仕事の日は訓練ができない。以前より訓練する時間が減っていたし、戦場では一人で複数を相手にすることもある。

 ちょうどいいと思ったのだ。


 だが、始まってみれば何かがおかしい。

 相手をしてる二人とも妙ににやにやしながら剣を向けてくると思ったら、俺のことをお世話係と馬鹿にしてきた。

 腹が立つ。


(向こうから誘ってきたんだから、全力でいかせてもらおうか――――)



「くそっ……」

「体がなまるといけないんで、機会があればまた手合わせ願いますね」

「チッ。行こうぜ」


 自分たちから絡んできて、あっさりしっぽを巻いて逃げる奴ら。

 呆れながら見送っていると、背後からパチパチと拍手の音が。

 振り返ってみれば、知らない中年のおっさんがいた。

 柔和な笑みを向けられ、戸惑う。


「お見事でした」

「……どうも。貴族の坊ちゃんには負けませんよ」

「そう言われると、僕も少し困るな」

「あ、なるほど。申し訳ありません」


 軍人兵団に所属している者には、主に三種類のタイプが存在する。

 いかにも兵士という感じのごりごりのゴツイ奴。親の権力や金で入団したのが丸わかりなスラッとして小綺麗な奴。そのどちらでもない奴。


 さっき俺に手合わせしようと絡んできたのは小綺麗な奴ら。たぶん、貴族の次男とか三男とかだろう。

 現場からここまで成り上がってきた俺が、そんな奴らに負けるはずがない。


 それで、今話し掛けて来たのは、どちらでもないタイプ。貴族ではあるようだけど。


(年齢的には高官?だが、威厳を感じないから、ただの内勤……?ただの内勤で訓練場に来るのは珍しいな)


 俺の不躾な視線から、こいつ誰だ?が伝わったのか、名乗ってくれた。


「僕は伝令係の前任者、ロマノです」

「あ!あんた――失敬。あなたが、そうなんですか」

「うん。交代してからひと月ほど経ったけど、どうですか?」

「どうって言われても……。お世話係なんて言われてることを知ってがっかりしました。正直」

「不服ですか」

「そりゃあ……。実際、軍人がやらなくても務まる気もしますし。俺は軍人として出世したいので」

「僕も若いころは同じことを思いました。でも、どんな仕事だろうと、陛下から直接任命されるのはこの城で働く人のうち何人いるだろうか……と考えたら、気にならなくなりました。どれほど重要なことを任されているのか明確に教えてもらえないし、軍人としての手応えはないですがね」


 そう言われたら、確かに陛下から直接仕事を頼まれる人は僅かだ。


「あの方はお元気ですか?」

「はい。あ、クッキーが支給品ではなく、差し入れだったと知ったらしく、あなたに礼をしていなかったと言ってました」

「あぁ。初めて持っていったとき大喜びしてくださって。妻が作りすぎた余りものだと言い出せず、時々買うようになったんです」

「そうでしたか。……あ、そうだ。ロマノ殿に伺いたいことが」

「殿なんてかしこまらなくて大丈夫。聞きたいこととは?」


 俺は、ロマノさんに魔女の名前を知っているか聞いた。


「僕は教えてもらえませんでしたね。『呼ぶ必要があるときは魔女と呼んでくれたらいいから』と」

「俺も同じことを言われました。名前はない、と」

「……名前がない?」

「はい。『名前はない。忘れてしまった』と言ってました」

「そうですか」


 ロマノさんは何か思案しているように顎に手をあてた。


「本当に名前がないなんてこと、あると思いますか?それに、忘れるか?呼んでくれる人がいないからって。自分の名前だぞ」

「うーん……。僕があの方に名を伺ったときには、そういう言い方ではなかったような」

「言い方?」

「うん。もう十五年も前で正確に覚えてはいないけど、忘れたというより、もっとネガティブな印象を受けました。知られたくない、呼ばれたくない、そんな感じの……。どちらかというとはっきりとした拒絶。踏み込んではいけない何かがある。そんな様子でしたね」


 確かに拒絶に近いくらい頑なに教えようとしなかった。

 俺も拒絶されたのだろうか。


「僕は、あの方は誰か名前を呼んでほしい人が本当はいるのだと思っていました。その人以外には呼ばれたくないのだと。だから、追求しなかった」

「…………」

「名前を呼んでみたらどうですか?」

「いや、教えてくれないのに呼びようがないですよ」

「名前がないと言い張るなら、君が名付けてはどうでしょう?便宜上の名前とでもいうんでしょうか。案外、喜ばれる気がしますよ」


 とんでもない提案に言葉を失っていると「それじゃあ、またお話ししましょう」とまた柔和な笑みを浮かべてからロマノさんは事務所のほうへ戻っていった。

 内勤の事務担当にしか見えないと思った通り、今は内勤なのだろう。


 ウーゴの話では、一度伝令係になると最低でも十年は任されるというのが、これまでの常例らしい。

 すぐ上官に確認したら、一年ごとの任期だと言われたが……。きっとずるずる更新されていくのだろう。

 彼の雰囲気や物腰から、伝令係がお世話係と馬鹿にされている要因になっていそうだと思ってしまった。


(出世が遠のくよなぁ……)

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