第11話 ●
街で買い物した後、魔女は一人で帰ると言い出した。
「何言ってんだ。森で迷子になったらどうする?」
「なるわけないよ。大丈夫」
大丈夫という言葉が信じられず、魔女の館まで送ることにした。
森に入ると、実際魔女は方位磁針もなしにすいすい歩く。
慣れているからかと思ったら「慣れてもいるけど、この森で迷うように魔法をかけたのは私だから」と言われたのには驚いた。
「はぁ?なんでそんなことするんだよ」
「知らない人にあの家まで来られたら困るから。簡単にたどり着けないようにしてあるの」
「だからなんのために」
「大昔、魔女狩りってあったの。知ってる?」
「あー……まぁ。勉強嫌いな俺でもそれは覚えている」
その昔、聖女と呼ばれる少女たちを神とした宗教が国教だった。聖女の少女たちの特別な力によって国は護られていた。
しかし、聖女の力が及ばない魔物が街を襲い、人々が絶望してしまう時代がくる。そのとき、この世で起こる天変地異や不吉なこと、不幸なことは力のない聖女のせい。聖女ではなく、本当は魔女なのだ――とされて、罪のない魔女や魔女と貶められた聖女が、次々と人々に追い詰められたことがあった。魔物や不吉なことの多くは一人の悪い魔女が原因だったのに。
集団で悪と決めつけ行動した無知な人々。それにより国を護っていた聖女信仰は廃れ、国は一時的に存亡の危機になった。
教訓として、周りに流されることなく何が善で悪か、正しく判断することが大切だと、学校で必ず習う歴史的事件。
俺が納得した声を出せば、魔女は「そういうことよ」とあっさり言う。
だが、そう軽く語れるものではない。
同じ過ちを犯してはいけないと学校で習うほどの大事件だった。
理由を聞いて、益々街から一人で帰すのが心配になった。
今は、その時代の行いは間違いだったと認識されているものの、未だに聖女を信じていない人もいるし、魔女という存在を潜在的に恐れている者もいるだろう。
うら若い娘が森の奥で一人暮らしをしていると知って、いたずらしようと考える輩もいるかもしれない――――
今日の森からの帰り道は、少し足が重く感じた。
魔女が森の奥で一人隠れるように暮らしている理由や、名前がないと言ったこと。
そのときの魔女の顔。
そして、クッキーを渡したときになぜか戸惑うような表情。
その直後に見せた満面の笑み。
俺のせいでだめにしてしまった服は別として、個人的に何か買ってやるつもりはなかったのに。
魔女が真剣な顔で見ていたからそんなに欲しいのかと思って、つい買ってしまったクッキー。
なぜ俺はよくわからない魔女へ、クッキーをこっそり買ってまで渡してやろうと思ったのか……。
自問自答しながら帰路についた。
「お兄ちゃん!おかえり!」
「ただいま帰ったぞ。良い子にしてたか?」
「うん!」
帰宅早々、足に絡みついてくる末の妹。
「それじゃあ、良い子にはクッキーのお土産だ」
「わぁー!やったぁ!」
魔女の分を買うときに一緒に買っておいたクッキーを渡すと、目を輝かせた。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、満面の笑みで喜びを表現している。
素直に感情を表現する様子は、こちらまで笑顔にさせる。
そんな妹を見ていて気づいた。
魔女は、やっぱりこの末の妹にどことなく似ているのだ。
末の妹はまだ子供で、良くも悪くも自分の感情を素直に出す。
魔女も、俺が作ってやったご飯に目を輝かせたり、興味のあるものに目を奪われていた。不貞腐れて口を尖らせたりもする。
(魔女は妹のようだから、ついつい世話を焼きたくなってしまうのかもな。うわ、そうだ。絶対そうだ)
初めは人をおちょくっていけすかないと思っていたのに、気づけば食事を作ってやったり調味料まで持って行ってやっている。この短期間に。
魔女の言葉を信じるのなら三百年は生きているというのに、生活能力が低すぎて見てられない。
それと、見た目のせいで年下扱いしてしまうと思っていたが、違うな。妹だ。
理由がわかった気がして、少しすっきりした。
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