第41話

 


「あっ、すまん……」


 私の顔を見てからまた軍人は謝ってきた。

 私は顔に出してしまっていたのだろう。


(自分から拒絶しておいて、勝手に傷付くとは身勝手なこと……)


「道具屋さん、早く連れてって」

「ああ、こっちだ」


 無言で軍人の後を付いて歩いていると、軍人がぴたりと立ち止まった。

 軍人の背中に顔面がぶつかる。


「痛ったぁ……。急に止まらないでよ」

「道具屋の前に、ここに入ろう」


 見上げてみると、瓶の絵が看板に描かれていた。

 昔から、文字が読めない人にもわかるように、お店の看板は売り物が何かわかりやすく絵に描かれていることが多い。だけど、私には見たことのない看板だった。


「いいけど、予定外の物を買う余裕はないよ」

「俺が買ってやるから」


 軍人はスタスタと店の中に入っていく。

 仕方がないので後を付いていくと、店内はいい香りのする店だった。


「……ねぇ、ここ何屋さん?」


 声を落として聞けば、「アロマ……香油屋って言えばわかるか?」と答えてくれた。


「なんのために香油屋さん?」

「手」

「手?」

「手荒れするだろ?さっき手を繋いでいたときに気づいたんだ」


(昨日薬作りしたから?荒れてた?)


 自覚のないことを指摘され羞恥を覚える。

 隠すように手を握り込むと、軍人は「違う違う!」と慌てる。


「洗い物とか洗濯で肌が荒れることもあるだろ?ってこと。俺の母親とか妹はそうだから。ルーナは畑仕事もしてるんだし、荒れる前に用意しておけばってことだ。今荒れてるって話じゃないから」


 気遣いだとわかり、嬉しくなる。


(不老不死で傷もすぐ治るんだから、手荒れ知らずなんだけど……)


 私を普通の人と同じように思って行動してくれることが嬉しくて、私の異常性を忘れている軍人には黙っておいた。


「買ってくれるの!?嬉しいなぁ!」

「ははっ。はしゃぐなはしゃぐな」


 ぴょんぴょん飛んだら、表情を緩める軍人。

 口では窘められたけど、優しく微笑んでいた。


 初めて入るお店は勝手がわからず、軍人の後をついて歩く。

 軍人は置かれているたくさんの小瓶とそれぞれの説明書きを見ては、時々小瓶の蓋を開けて香りを嗅いでいた。

 私にも渡してきて、好きか嫌いか聞いてくる。

 聞かれた通りに答えると「甘めの香りが好きなんだな」と言われた。

 三百年生きてきて、初めて知った自分の好み。


「……あ。なんか……なんだ…………?」


 軍人が奥のほうにあった香りを嗅いだ瞬間、動きを止めた。


「どうしたの?」

「あ……いや、なんか……嗅いだことのある香りだと思って。思い出せそうで思い出せない。どこで嗅いだのだったか……」

「そう。……デートした人がつけていたとか?」

「いや……。どうだ?ルーナっぽい香りだぞ」


 差し出された小瓶から香りを嗅いで驚いた。

 エルヴィンから贈られた香水の香りと酷似していたから。


「どうした?好きじゃないか?」

「……ううん。凄くいい香り。とても好きな香り」

「じゃあこれにするか。すみません、これをボディオイル用に――」


 軍人は中くらいの瓶と小瓶の二つ買っていた。

 店を出ると大きいほうを私にくれた。


「それは?どうするの?」

「これは俺が自分で――」

「えっ。男の人も香油を使うの?」

「い、いいんだよ!」


 何かまずいことを聞いてしまったのか、軍人が急に少し大きな声を出した。

 怒っているというより誤魔化すような声色。

 男性が料理することを気にしていたくらいだし、『男性なのに』という偏見に敏感なのかもしれない。


 少し気まずいような空気感になってしまったけど、それは一瞬だった。

 軍人の肩を組んできた人が突如現れたから。


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