第40話

 軍人が何故か少し不機嫌そうな顔で、何かを突き出してくる。

「この前は急だったし持ってくるのを忘れてた」とぶつぶつ言いながら。

 突き出された紙の袋を受け取ると、軍人は少しだけ表情を和らげた。


「何?くれるの?中、見ていい?」

「いいぞ」


 不機嫌そうな理由はわからなかったけど、パンかクッキーだと予想しながら袋の中身を見てみると、小箱が入っていた。

 開けると小さな石のついたネックレス。


「………」

「……何か言えよ」

「あ。これ私に?」

「他に誰がいるんだよ」

「…………そうだね」

「……気に入らないか?」

「ううん!可愛い。本当に貰っていいの?」

「ああ。ル、ルーナに似合うと思って買ったから」


 顔を上げれば、軍人の窺うような視線とぶつかる。


(あぁ、そうか。照れ隠しね)


 不機嫌なのかと思ったけど、違うようだ。不安もあったのだろう。


(また私のことを好きになってくれるのね)


 嬉しい。

 とても嬉しい。

 頭で考えるよりも心が先にそう反応する。

 だけど、頭では大切な物はあまり増やしたくないと思ってしまう。


 互いに想い合っているとわかれば、この上なく嬉しい。

 そのはずなのに、素直に喜べない。


 私たちは恋をしても永遠に同じ時を同じように歩むことができない。

 同じように歳をとることができなければ、恋をしてデートして、いずれは結婚する……という普通の生活さえ共にすることができない。

 私たちが恋をして、苦しむのは私だけではない。


「そのネックレスだけど、着けてくれるか?」

「うん、もちろん!可愛いから気に入ったし」

「それは良かったけど、そうじゃなくて」

「ん?」

「だから、それは俺の気も――」

「あっ!そうだ!!」

「な、なんだよ!?いきなりでかい声出して……」

「今度いつ街に買い物に連れて行ってくれる?買いたい物があって、早めに行きたいの!」


 軍人の言おうとしていることがわかって、わざとらしいほどに話を変えてしまった。



 ◇



「買いたい物って、クッキーかよ……」


 街に出て真っ先にクッキー屋へ行けば、軍人は項垂れてしまった。


「だけじゃないよ!薬作りに使う道具の予備とかも買うもの!」

「そうだけど、真っ先にクッキー屋って。食べなくても死なないとか言っといて、案外食いしん坊だよな」

「なっ!?……むうぅぅぅ」

「あ……」


 ふんっ!と顔を背けると、窓ガラスに気まずそうに頬を掻く軍人の姿が映っていた。

 少しは反省したらいいと思って、クッキーを買ったあとはスタスタと一人で歩き出す。

 すると、パシッと手を取って引き留められた。


「……何?」

「そんなに怒ると思わなかった……すまん」


 ちらりと見れば、本当に申し訳なさそうに眉を下げている。


「……許してあげてもいいけど。次のお店まで連れて行ってくれたら」

「もちろん案内する。どこへ行きたいんだ?」

「薬作りの道具を買いたい」


 軍人は「道具屋に行けば売ってるのか?」とぶつぶつ言っている。

 その間もずっと軍人に手を取られたまま。


(時代の変化なのかしら。昔は、婚約者でもない未婚の男女は容易に接触しないようにと世話係から教えられたけど……)


「薬作りに使う道具って何か特別な――おぉっ!?すまん!」


 私が繋がれた手をじっと見ていると、ようやく軍人は私の手を取ったままだったことに気づいたらしい。

 慌てて手を離した。


 ただ、何事もなかったようにスっと離してくれたら良かったのに、少し放り投げるかのように離された。

 これには少し傷ついた。

 深い意味はなくて、少し乱暴なところのある軍人らしく慌てただけだとわかっている。

 だけど、拒否されたような気持ちになってしまう。


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