第36話 ●
三歳下の妹にせがまれ、休日の午前中から買い物に出た。
昨日俺が給料日だったと知っているのだ。
とはいえ、何でもかんでも欲しがるのではなく、どれか一つにしようとする可愛げはある。
ただ、じっくり吟味するから、付き合うほうは疲れる。
せめて事前に決めておいてくれたらいいものを……。
男から見たら同じに見えるくらい似たようなデザインなのに、なんでそんなに迷えるんだ?と思うし、 あんなに悩んでいたくせに結局買わないのはなんでだよ。――と思うが、口には出さない。
内心、これなら金だけ渡して家で寝ていれば良かったと溜息をつきながら妹の後をついてまわっているとき、露店の商品が目に入る。
淡い乳白色の小さな宝石のついたネックレス。
月を連想させるようなその石を見て、ルーナを思い出す。
無意識にあの細く白い首を思い浮かべ(似合いそうだ)と、想像してしまった。
「お兄ちゃん、何見てるの?」
「別に」
「えっ!お兄ちゃんがネックレス見てる!しかも女性用のやつじゃない!ちょっとちょっと!彼女ができたの!?」
「ちがっ――」
「今度は優しい人でしょうね!?だめよ?変な人に引っかかったら」
「待ってる間暇だから見てただけだ!」
自分の誤魔化しようのない気持ちは、もう認めるしかないだろう。
しかし、相手は魔女。
本人は三百年生きてると言うが、見た目は若い娘だし、実際のところ何歳なのかもわからない。
本名も教えてくれない相手。
さらに、極秘任務の伝令先。いわば、仕事関係の人間だ。
軍は軍内恋愛禁止ではないが、軍内恋愛をするやつは少ない。
それに……――――
以前、魔女の館から帰るとき、森の奥へと足をすすめる細身の男を見かけた。
あの森では、魔女が猫だと言い張る魔物以外の生物とは出会ったことがなかった。
だから大層驚いた。
相手はあの森の中に俺がいても気にならなかったようだ。
俺を一瞥だけすると、まっすぐに魔女の館へと進んでいく。
迷いのない足取りに、何度も通っていることを悟った。
伝令係以外とは会うことがないと魔女は言っていた気がするのに。
念のため、不届き者ではないかと少し後を付けて様子を見たが、男の手に俺と同じペンダント型の方位磁針があることに気づいた。
魔女が作ったという特別な方位磁針をやつも持っていたのだ。
(恋人……?)
あの男は、身なりがよく身のこなしもスマートだった。
◇
「おわっ!?」
魔女の館の扉を開けると、目の前に男が立っていた。
人、それも男がいると思わず、情けない声を上げてしまった。
「失敬。――では、また来週」
「うん。気をつけて」
俺が扉を開けたとき、男はドアノブに手を掛けようとしていたようだ。
俺が開けた扉を手で押さえて、するりと出て行った。
視線だけで見送るとギィと音が鳴り、扉が閉まる。
すぐにルーナが「今日も早かったね」と声を掛けてきた。
扉に向けていた視線をルーナのほうへ向けると、何かを片付けている。
「……俺以外にもここに来る奴いたんだな」
「あ、うん。私が作ってる薬を買い取ってくれているの。自分でお城に売りに行けないし」
(それって卸売業者ってことか?)
「あと、薬作りで必要な材料を持って来てくれるの。お茶入れるから座ってて」
「なるほどな!」
予想以上にほっとして、自分でも驚くほど大きな声が出た。
何か言われるかと思ったが、お茶を出すためにこちらに背を向けているためか何も言うことがなかった。
「そいつ、信用できるのか?」
「…………」
「おい。まさか怪しいとわかってて取引してるんじゃないだろうな!?」
「え?ごめん、聞いてなかった。何?」
「信用できるのかって」
「あぁ。それは大丈夫だよ」
「本当か?どこで知り合った?」
ルーナが微妙な顔をしながら振り返る。
あまり詮索してくれるなと言いたげな表情。
「何?絶対に大丈夫だよ」
「騙されやすそうだろ」
そう口走りながら、さすがに突っ込みすぎたかと視線を逸らす。
すると、棚の中に見慣れないものがあった。
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