第20話
離宮周辺は、敷地の外もきれいに整備されている。
狭い道を進み森の中に入った途端、足下を小さな黒い影が横切った。
突然足元を横切る動物に驚いて体勢を崩し、足を捻ってしまった。
「痛ったぁ……」
「あ!大丈夫!?ごめん、僕の猫が!」
足首を確認するために前かがみになってスカートを捲り上げようとしたとき、突然声が聞こえてきた。
人が近くにいると思ってなかった私は、突然人が現れたことに驚いた。
私の視線の先――その人の足下を見るに、騎士の制服は着ていない。ということは、巡回中の騎士などではなく外部の人。
離宮はその役割から外部の人間は来ても、表から。
ここは離宮の外とはいえ、離宮のすぐ裏側で普通は人が寄らない場所。
それなのに人がいるという、冷静に考えたら危険な場面。
けれど、驚きすぎた私は、恐怖は感じなかった。
足を見るために腰を折ったままの体勢で、顔だけ上げてポカンと間抜け面を晒すしかできなかった。
耳に届いた声が子供だったのも、警戒心を抱かなかった理由だろう。
相手の顔を見てみると、同年代の男の子に見える。服装も町人と同じような感じだった。
男の子は、先ほど私が転ぶ原因になった黒い子猫を片腕に抱いて、私の顔を心配そうに覗き込んできた。
とはいえ、同年代の男の子と接したことがない私は、変な体勢のまま後退りをしようとして、そのまま尻もちをついてしまう。
「きゃっ」
「あっ……!」
「わぁ!?」
「うわ!」
「ニャッ」
尻もちをついた私の手を、男の子が焦った顔で掴んで引いた。
すると、力強すぎて今度は男の子の胸に飛び込んでしまった。
それを男の子は受け止めきれず、二人で倒れ込んだ。
ドサッと音がする勢いだったけど、偶然枯葉や枯れ草を捨てた山のような場所に倒れ込んだため、葉が舞っただけだった。
びっくりして顔を上げれば、二人とも草や葉っぱまみれになった状態で目が合う。
ワーワー言っていたので、私は葉っぱを咥え、男の子は鼻に葉っぱが入りかけていた。
一瞬何が起こったのかわからず、その状態で見つめ合うこと数秒――――
次第に何が起こったのか理解できて、口に入った葉っぱが気になる。
軽く口を開ければ、葉っぱはぽろりと落ちる。
男の子もふんっと鼻息で入りかけていた葉っぱを飛ばした。
「……ぷっ!」
「……ふっ」
「あはははは!」
「ふふっ、やだ!あはは!」
お腹が痛くなって涙が出るほど笑った。
互いの涙を流して笑っているところを見合って、余計に笑いが誘われた。
「はぁ、笑った。腹が痛い」
「うん。……ふっ、ふふっ」
「ふはっ!やめろよ、また笑ってしまうだろ」
「だって。ふふふ」
また笑いが再燃していると、遠くから巡回中の騎士がこちらに歩いてくるのが見えた。
「あ!僕行かないと!」
男の子は周りをうろちょろしていた子猫を抱き上げると、すぐにどこかへ走って行ってしまった。
(……誰だったんだろう。綺麗に口角を上げて笑う子だったなぁ)
「おや?聖女様、こんな所で何を?もしや転んでしまわれたのですか?お怪我は?」
「あ。大丈夫です。っ……!」
立ち上がろうと体重を掛けたら、捻った足首が思ったより痛んだ。
騎士に気づかれてしまい、部屋に戻った私は世話係から叱られ、しばらく安静にしておくように言われてしまった。
「エプロンをしていったのに、こんなところにも葉っぱをつけて。まったく。……何をしたらポケットの中まで草が入るのですか。だいたい、一人で勝手に敷地外へ出るなど……外は危険もあるのですよ」
◇
その日の夕方、世話係が急にバタバタし始めた。
「聖女様。急いでお支度を」
「どうして?」
「お客様がいらしてます」
「そう」
離宮には聖女の力を頼って、ときどきその地に住む有力者などが来る。
私的な理由での訪問ではなく、魔物が出たときや本当に聖女の力を必要としているときに駆け込んでくることがある。
聖女の証である白いガウンを羽織ってから向かった先は、いつも聖女の仕事をする面会室ではなかった。
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