第19話
むかしむかしのお話。
この国では聖女と呼ばれた人神が崇められていた。
女児が生まれると、生まれてすぐから十歳までの間、毎年教会にて聖女としての力があるかどうかの判定を受けなければならない。
年間で一人か二人、素質のある者が見つかっている。
素質があっても生まれたばかりは力が不安定だったり、まだ力が表れないことも多かったりするが、十歳を過ぎても発現しない場合は、素質がないとされている。
大抵の場合は、五歳から八歳くらいで出現することが多い。
私は生まれてすぐに聖女としての力が確認された。それだけ力が強かったということ。
聖女としての力を持つ者は例外なく、各地の離宮へ送られる。
聖女たちはそこで毎日祈りを捧げ、魔物からその土地を護り、この国を護ってきた。
私は生まれてすぐに親から離された。しかし、幼過ぎたため三歳までは王宮の神殿で聖女の力の使い方を学びながら育てられ、その後は神殿を備えた離宮で聖女の仕事をしながら暮らしていた。
当時、聖女の力を持つ者の中でもずば抜けて力が強かった私は、魔物が出やすいとされる地域を担当することになった。
離宮で聖女としての祈りを捧げ、管轄区域内で魔物が出たと報告がきたら、軍人が討伐をした後にその土地の浄化に向かう。
空いている時間には、聖女だけが作れる特別な薬を作る毎日。
それ以外のことは世話係がやってくれて、何不自由なく生活はできていたし、仕事や生活の仕方を教えてくれる先輩聖女も同じ離宮内に何名かいた。
だけど、同じ離宮にいた先輩聖女たちも引退していって、私が八歳のときに最後の一人も引退した。
聖女の力は出現時が最高で、年々減ってしまう。
聖女になった後は毎月聖女判定を受けて力の残量を確認され、そこでもう役目を果たせないと判断されると、ただの人に戻ることができる。
お役目終了が決まった聖女には、山のように縁談がくる。
元とはいえ、人神の聖女は大切にされる存在で、その力は子供に受け継がれやすい傾向があるから。
聖女は王族の次に敬われる存在のため、縁談の選択権は聖女にあり、家のしがらみなど無視して自分の意思だけでお相手選びができる――と、引退していく先輩聖女から聞いた。
娘は親のため家のために生きなければならない時代に、聖女だけは男性と立ち並ぶことができたのだ。
先輩聖女が皆、嬉しそうに釣書を見ていた。
それが子供ながらに印象に残っていて、私にもそういうときがくるのだと思っていた。
多くの聖女は、力の発現から十年から十五年でその力をほぼ失う。
ただ、大聖女と呼ばれる人は三十年ほど力が消えないらしい。
生まれてすぐに力の発現を確認された私は、早ければもうすぐ聖女の役目が終わると思っていた。
気づけば聖女の仕事にも慣れたし、自分の存在意義ややりがいも見いだせていた。
それでもまだまだ子供だった私は、世話係の目を盗んでは離宮から抜け出すこともあった。
だって、まだ八歳なのに毎日祈りと浄化へ向かう日々。心ゆくまで遊ぶことはできなかったし、休みもなかった。
せめてまとまった休みがもらえていたら少しは違ったかもしれない。
先輩聖女は定期的に親元に帰ることが許されていたのに、私は許されなかった。
生まれてすぐに親から引き離されたため、親に会いたい気持ちにはならなかったけど、聖女仲間がいない寂しさや毎日の仕事から逃れたい気持ちは大きかった。
後になって知ったのは、私の管轄区域はこれまでなら何人もの聖女が必要な土地だったのに、私が行ってからみるみる魔物の出現率が下がっていったということ。
私の力が強くて、私さえいればその地が清浄化されていくから、私はそこから離れることを許されなかったのだ。
一人になった離宮での生活も、二年も経てば慣れる。
すっかり国内でも有数の安全な土地になり始めていた。
そうなると、自由時間が増えてく。
「聖女様、どちらへ?」
「部屋に飾る花を摘みに、庭へ」
「それなら私が」
「ううん。少し歩きたいの」
「そうでしたか。ではお召し物を汚さないようにエプロンを着けていってくださいませ。――はい、いいですよ。くれぐれも遠くへは行かれませんように。いってらっしゃいませ」
物心着く前からの世話係は、いまだに私を小さな子供扱いしてくることがある。
ただ散歩がてら花を摘みに行くと言ったのに、服を汚すと思ってエプロンを着けられた。もう十歳なのに。
(汚さないように気をつけなくていいのは楽だけど……)
庭と言っても、私が暮らしていた離宮の庭はとても広かった。
庭の端のほうまで行けば、ちょっとした気分転換にいい時間と距離になる。
とはいえ、飽きるほど見慣れた庭は退屈だった。
周囲を見渡し、誰もそばにいないことを確認すると、生垣の奥へと体を滑らせる。
生垣に沿うように高い塀があり、そこには細い隙間が空いている。
きっと大人なら通ることができない細い隙間が。
塀の隙間をすり抜け、近くの森へ向かった。
先日、きれいな花が咲いているのを発見した場所。
一輪挿しの花瓶を使って生けようか、それとも数本摘んで花束のように生けようかと考えながら歩く。
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