第45話 ●

 


『私はこの先、絶望するほどの時間を一人で過ごすの!楽しかった分、孤独を味わうことになる』


 家に帰っても、ルーナが言った言葉が頭から離れなかった。

 ルーナが三百年生きている魔女だということは、わかっているつもりだった。

 だけど、普段は意識することがないし、それがどういうことか俺はわかっていなかった。

 想いを通じ合わせることがルーナの孤独に繋がるとは、思ってもみなかった。


(あの様子だと、愛した人に先立たれた経験があるってことだよな…………)


 それがどれほどの痛みを伴うのか、ルーナは知っているのだ。

 知っているから恐れている。


 だけど、俺にはどうしても理解しきれない。

 その経験がないということもあるが、根本的な考え方が違う。


 今を最高の思い出にすべく、濃密な時間を過ごせばいいのではないか。

 出会えて良かったと後悔のないように慈しみ合っていけば――と、思ってしまう。


「想いに蓋をしたまま失ったら、もっと後悔しないか?失うことを恐れて幸せになることを拒否するのは、絶対違うだろ……」



 ◇



 暗い森を抜け、澄んだ空気の空間に足を踏み入れる。

 庭先にいたルーナは顔を上げて振り返った。

 最近は飛び跳ねるようにして手を振って歓迎してくれていたのに、今日はただこちらを見てくるだけだった。

 前回のことで相当怒らせてしまったのか。

 考えたくないが、前回のあれで気持ちが離れてしまった可能性もあるだろう。


「いらっしゃい」


 近くまで行けば、普通に声をかけてくれた。そのことにほっとした。

 それからはどこかぎこちなさがありつつも、淡々といつも通り薪割りや夕飯を作って過ごした。


 いつも通りになるにはあと一歩というところで「そういえば!」とルーナが声を上げる。


「何?どうした?」

「今の国王って結構若いの?まだ新婚?」

「そうだけど。知らなかったのか?」

「だって、会ったことないし、一人で街に行くこともないから。伝令係が教えてくれなければ何もわからないんだもの」

「それで?なんで今さらそんな話?」

「この前、依頼書に悪阻の薬が欲しいと書かれていたから。珍しいなって、そのときは思っただけだったけど。そういうことか!って、後になって気づいたの」

「長く生きてきたと言う割に、案外鈍いな」


 プクッとほほを膨らませるルーナ。

 両手で頬を軽く挟めば、口の中から空気が抜ける。

「ぷふっ」となんとも言えない絶妙な音をさせた。

 さらに、ぎゅっぎゅっと連続で挟む手に力を込めたら、「ぷふっ」「ふっ」と口の中に残った空気が抜けていく。


 俺は吹き出した。

 初めはムッとした顔をしたルーナだったが、笑う俺を見てつられて笑い出した。


 おかげで夕飯時は何気ない会話をして、声を出して笑い合えた。

 だけど、ルーナが敢えて先日の話題に触れまいとしていることが伝わってくる。

 絶対にもう一度俺の考えを伝える決意をして来たが、結局翌朝まで切り出せなかった。




「ご馳走さまでした。後片付けは私がやるから」

「ああ、頼む」


 ダイニングテーブル越しに、皿洗いをしているルーナの後ろ姿を見る。

 どう見ても十五、六歳だ。

 三百年生きているというだけあって、時折見た目にそぐわないほど大人な発言をすることもある。

 考え方も見た目年齢よりは大人だ。

 だが、基本的には見た目年齢と同じくイタズラ好きで幼稚な一面があるし、大人になりきれていない華奢な肩や腰をしている。

 俺が守らなければならないと思うし、この上なく幸せにしてやりたいと思う。


「ルーナ」


 洗い物をしているルーナに声を掛ければ、「んー?」と軽い調子で返事をする。

 昨日来たときには少しよそよそしく感じたが、次第にいつも通りになってほっとした。

 だけど、このまま触れずに現状維持は、俺にはできない。


「過去に、愛した人がいたのか?」

「…………え、何?急に。ふふっ。なんか、愛とかあまり似合わな――」

「茶化さないでくれ」

「………………」


 俺が真剣な声色で言えば、ルーナは手を止めゆっくり振り返る。

 視線は逸らしたままだが、ちゃんと向き合ってくれるらしい。


「その人と出会わなければ良かったと思ったことはあるか?」

「そんなこと思うわけないじゃない!!」


 カッとなったようにはっきりと力強く否定してくるルーナに、俺は少し驚いた。

 だが、ルーナの答えを聞いて安心した。

 やっぱり俺の考えは間違っていないと思ったから。


「その男が忘れられないのか?」

「忘れられるはずがないわ」


 真っ直ぐに目を見て再び力強く答えたルーナに、若干俺は怯んだ。

 俺たちは両思いだろうと浮かれていたが、ルーナの心には過去の男がいるのだろう。


 それはそれとして、相手はもう亡くなっているのだろうし、今は俺に心を傾けてくれたはずだ。

 だったら、俺ができることは一つ。

 今のルーナを幸せにすること。

 一方だけが幸せでは駄目だ。二人で幸せにならなければ。


「俺が、これからその男を超えてやる!ルーナを楽しませて、この先何百年生きようと、俺と過した日々を思い出して一人でも笑えるくらいの毎日にしてやる!ルーナの望むことは俺が叶えてやる!まぁ軍人になったばかりで金はそんなにないから、金のかかることは時間がかかるかもしれないけどな……。とにかく!だから、未来を悲観して俺と歩む未来まで拒否しないでくれ。な?今、何かやりたいことはないか?」


 ルーナは黙り込んだ。

 俯き加減になって、表情がよく見えない。

 俺の考えがちゃんと伝わってるのか?と思っていると、ボソボソと何か呟いた。


「ん?なんだ?」


 よく聞こうと立ち上がり、ルーナの前まで行くと耳を寄せる。


「だったら殺して、私を。望みを叶えてくれるっていうなら殺して。もう残されたくない。置いて逝かないで。私も死にたい」


 ボソボソと小さな声だったが、間違いなくそれは悲痛な叫び。

 俺は頭が真っ白になり、言葉が出てこなかった。


「……あ、ごめ……」

「ルーナ」

「ごめん!忘れて!今のは無し!今日はもう帰って!お疲れさま!」


 思考が停止した俺は、ルーナに館から押し出されてしまった。

 放心状態でしばらく玄関先で突っ立ていた。考えがまとまらないまま一度ノックしたが応答してもらえず、仕方なく城に戻った。


 ルーナの願いが衝撃的すぎて、どうやってその日を終えたのかあまり覚えていない。


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