第53話
小鳥のさえずりが耳に届き、目を開けると見慣れた天井が目に入ってきた。
体の身動きが取れないのは、体が死んだからか?
呪いが強力過ぎて解呪に失敗した結果、ただそこにいるだけの存在になってしまったのか?
それとも、これが走馬灯というやつなのか――――
なんだか考えるのも億劫で、また瞳を閉じる。
(このままずっと眠り続けられたら……)
また深い眠りにつこうとしたのに、すぅすぅ……という規則正しく現実的な音が耳に届いてきて、再び意識が浮上する。
首を捻ると青年の顔が目の前にあった。
顔には伝うように涙が乾いた跡がある。
(……愛する人の手にかかっても、毒くらいではやっぱり死ねなかったのね)
青年に抱き込まれて身動きが取れない私は、天井を見ながらぼーっと考えごとをしていた。
しばらくして身動ぎした青年は、一層私を抱く腕に力を込めてきた。
「く、苦しいわ」
「……え??」
起きたらしい青年と目が合う。
「起きた?おはよう。苦しいから離し――」
「うわあぁぁ!?」
青年は勢いよく体を起こしてベッドから転げ落ちた。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「え?え?え?なんで!?」
「やっぱり死ねなかったみたい」
「え?嘘だ……。解術に失敗したのか?名前を呼んで手にかけるって……。ああ……あれらの文献は偽物だったのか……。ごめん、ディアーナ……。期待させてしまった……」
ベッドの下で小さくなる青年。
本当に申し訳なさそうに眉を下げている。
以前のエルヴィンとして生きていた時代にずっと探していて、行き着いた私の呪いを解く方法。だけど、呪いだけを解く方法が見つからず、殺すことは考えられなかった。
今、全ての記憶を持って生まれ、あのときの自分が決断しなかったから苦しめたと後悔した。
ここに来る直前までもう一度呪いを解く方法を探したけど、昔見つけた手にかける方法以外、信用できそうな方法は見つからなかった。それなのに、それも偽情報だったようだ――と青年は話してくれた。
「もういい。もう、いいの」
「だけど――」
「私のことを思い出してくれただけで嬉しい。会いに来てくれてありがとう」
そう言っても項垂れたままの青年。
ベッドから降りて青年の頭を撫でると、顔を上げてくれた。
「ねぇ、笑って?私、あなたの笑顔が好きだわ」
「ディアーナ……!」
泣きそうな顔をおさめてから、にっこりと笑顔を浮かべ青年は勢いよく私に抱きついてきた。
受け止めきれずに押し倒されてしまう。
「あ痛っ!!」
「ごめん!大丈夫!?」
倒れた勢いでベッドの角に手がぶつかり、甲が青くなった。
青年は慌てていたけど、問題ない。
「大丈夫よ。どうせもう治るから」
「あ……そうだったね……」
私がぶつけたところを青年がさするように撫でてくれる。慈しむような触れ方に、一層治りが早そうだと思った。
「…………」
「…………ん?」
「……治らないわね?」
「治らないな……。今までだともう消えているよね?」
「うん、いつもなら……」
「それじゃあ……これって、もしかして――」
ひとつの可能性に行き着き、私はいてもたってもいられなくなった。立ち上がって急いでキッチンに向かう。
ナイフを手に取り、手首に当てる。
ぐっと力を込めて思い切りナイフを引こうとした瞬間、青年に止められた。
「危ないって!!」
「でも、確かめないと!」
「本当に解呪されていたら大怪我になる!治らないんだぞ!?確かめるなら指先をちょんって!少しにしろ!」
「あ、あぁそうね。そうだったわ。指先ね」
「ちょんだぞ!?ちょんって!」
指先にナイフを押し当てると、すぐに血が滲んでくる。
青年と食い入るように傷を見つめた。
じわりと血が出続け、ぽたり……ぽたり……とゆっくり垂れ続ける。ピリピリヒリヒリした痛みが続く。
いつもなら、この程度の傷なら血が流れることなく既に傷は消えているころ。
「……治らないわね」
「うん、治らない」
「ほ、本当に、治ってないわよね?」
「本当だ!本当に治ってない!」
「……治らない……ッ……!」
青年に掻き抱かれ、しばらく泣いた。
落ち着きを取り戻して顔を上げたら、青年も泣き腫らした顔をしていて、「酷い顔……」と、二人で笑い合った。
「ねぇ」
「ん?」
「名前、なんて言うの?」
「エルヴィン」
青年は私の質問に間髪入れず答えた。
「ふふっ。懐かしいやり取りね。でも、それは知ってるわよ。今の名前を聞いてるの」
「今回もエルヴィンなんだ」
「……うそ」
「本当。父が、元々ディアーナの事情は知っていたけど、ディアーナから伝令係の解任要求をしたことで興味が湧いたようだ。それからいろいろ調べたらしい。それで、エルヴィン――初めのね……のことも調べていくうちに、厳しい時代を統治した王として感銘を受けたとかで。その後で今の僕が生まれたから、あやかってエルヴィンと名付けたらしい」
「そう……。エルヴィン……また呼べる日が来るなんて、嬉しい」
「僕も嬉しいよ」
エルヴィンの手が頬へと伸びてくる。
唇が触れそうな直前、「ディアーナ!?生きてたのか!!」と歓喜に溢れたソルの声が割って入ってきた。
いいところで邪魔されてしまい、思わずエルヴィンと目を合わせる。
視線が合うとエルヴィンがくすりと笑う。
私もつられて、二人でくすくす笑い合っていると、「なぁ!なんで生きてるんだ!?」と再びソルの声。
揃って振り向き「おかえり、ソル」と声を揃えた―――
深き森の奥に住む魔女の願いと伝令係の憂鬱 サヤマカヤ @amayas
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