第29話
早朝、世話係に叩き起された。
毎日の浄化でさすがに疲労が蓄積されていて、ぐっすり眠っていたのに。
「何?どうしたの?」
「討伐できないほど興奮して暴れている魔物が出て、近くの村に向かっているから早く来てほしいと……」
「え!また!?」
聖女の使う白魔法は、聖女を崇める気持ちが力の源となっているため、敵だとしても致命傷を与えるような攻撃魔法は使えない。
それでも、人知を超えた魔法を使えるため、討伐隊ではどうにもならない魔物が出たとき、聖女の白魔法で抑えつけて討伐の手助けをすることになっている。
昨日も一昨日も同じように要請されて討伐の手伝いをしたばかり。
こんなこと、短い人生とはいえ初めてだった。
私は飛び起きてベッドから降りた。
急いで着替えを済ませると、待機している馬車に乗るべく走った。
途中、同じように叩き起されたらしいエルヴィンと廊下ですれ違った。
「ディアーナ!向かうのか?」
「ええ!急がないと!」
「気を付けて……!僕も後から向かう!」
立ち止まって話す余裕のない私は、走り去りながら声を張り上げて会話した。
振り返って見たエルヴィンは、握り拳を掲げていた。
私も手を挙げて応える。
馬車から降りると、人の何倍もある大きさの魔物が村を襲っていた。
討伐隊の人たちは怪我を負いながらも魔物を食い止めようと奮闘している。
私が聖女になって、討伐隊が抑え込めない魔物が出たのは数えるほどしかないけれど、このような興奮状態は異常だとわかる。
私はすぐに手に持っていた杖を掲げて集中する。
ぶつぶつと呪文を唱えていると、魔物の動きが遅くなった。
ここまで動きが鈍くなれば、後は討伐隊が仕留めてくれる。
「お願いしま――ッ!?」
討伐隊の隊長に向かって声を掛けた瞬間、魔物がグオオオォオオォ!!と大きく鳴いてまた暴れ出した。
「……焦点が定まっていない?」
私が唱えた白魔法は、精神に作用するもの。
魔物を精神的に落ち着かせられたと思ったのに。
暴れ出した魔物をよく観察すると、ヨダレを垂れ流し、頭を振ってどこを見ているのかわからない。
明らかに何か強制的にまた興奮させられているように見える。
「何が……?」
何が起こっているのかわからず、視線を彷徨わせていると、どこかから視線を感じた。
過去、何度か感じたことのあるゾクリと寒気を感じる視線。
ハッとして空を見ると、鳥が飛んでいた。
「…………」
「ディアーナ!何かあったのか!?」
「っ!エルヴィン!」
旋回しながら飛んでいる鳥が気になり、空を見上げているとエルヴィンが駆け付けた。
「ディアーナでもまだ魔物の動きを封じられていないなんて、それほど強力な魔物なのか?」
「一度落ち着けられたのだけど、また暴れだして……。もう一度やってみるわ」
再び呪文を唱えると、今度は違和感なく抑え込めた。
「成功したな」
「良かった……でも、何かおかしい気がするの」
「何かって?」
「わからないけど、不自然な気がした」
「もしかして黒き魔女の仕業か?魔物の力を増幅できるとしたら……。僕がもう一度話し合ってくるよ」
エルヴィンはすぐに駆け出した。
「待って!一人で行く気!?危ないわ。私も行く!」
「それこそ危ない」
「これでも白魔法は使えるのよ。万が一のことがあっても、防御魔法や治癒魔法は使える」
「だけど、治癒魔法は自分自身には効かないし、ディアーナにもしものことがあったら――」
「それはこの国の王子であるエルヴィンも同じでしょう!?私、しがみついてでも絶対ついて行くから!」
私の気迫に押されてエルヴィンは一緒に行くことを許可してくれた。私が乗ってきた馬車で黒き魔女の住処へ行くことになった。
「あれ?ソルも来ていたのか」
「そうなの。降ろそうとしたのだけど、絶対降りないって感じで幌に爪を立てて抵抗されて」
「飼い主に似て意志が強くて頑固なのかもな」
「え?どういう意味?」
「……ソルがいると、思いがけず癒されるな。緊張緩和に役立っている」
「そうね」
しばらく馬車を走らせると、黒き魔女の館に着いた。
「ここが……。話し合いに応じてくれるかしら」
「どうかな。すんなりと館の前まで来られたことを思うと、余地はある気がする」
馬車を降りて館を見上げると、屋根に見覚えのある鳥がとまっていることに気がついた。
(あの鳥……寒気のする視線は黒き魔女のものだったのね……)
これまで何度も監視されていたことがわかり、私は気を引き締めた。
(どうか穏便に話し合えますように……!)
けれど、願い虚しく黒き魔女は怒り狂っていた。
すんなりと黒き魔女の館へ来れたのは、罠だった。
「一人で来るならまだしも、そんな女を連れて私の前に現れるんじゃないよ!!」
館から出てきた黒き魔女は、いきなり禍々しい光を放った。
対人戦闘に慣れていない私は、初動が遅れてしまう。
黒き魔女の魔法を浴びたエルヴィンは、目をやられてしまった。
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