第5話
薬草を摘んでいると、ギィと古い玄関扉が開く音がした。
振り向くと、昨日来た新任の伝令係が立っている。
起きたなら朝食にしよう。
そのためのトマトを採ろうと立ち上がると、軍人が視線を逸らしたままこちらに向かってきた。
側まで来て立ち止まる軍人。
何か言いたいことでもあるのかと顔を見上げてみると、ぼそっと「疲労回復の薬湯、効いた。ありがとう」と呟いた。
まだ反発心はあるようだけど、ちゃんとお礼を言うところは好感が持てる。
なかなか可愛い奴だ。
「ふぅん。ま、素直でよろしい」
「ちっ。偉そうに」
「だって、あなたよりもずううぅぅっと年上だもの。私」
軍人は、眉間に皺を寄せて納得いかないような表情をしていた。
三百年も生きているとは、まだ信じられないのだろう。
私も昔は普通の人として生きていた。
だから、人の理から逸脱している不老不死なんて信じられないのもわかる。
信じてもらえなくても事実なのだからどうしようもないけど。
事実は事実として受け止めてほしい。
いちいち疑われるのは面倒だし。
不満げな軍人の顔をジッと見ていると、ぐうぅぅと大きなお腹の音が響いた。
みるみるうちに軍人の耳が赤くなっていく。
本当に、可愛い奴だ。
「ふふっ。朝ご飯にしましょう。今トマトを採ってくるから待ってて」
「待て。まさかまた丸ごとのトマトか?」
「……不満なの?」
「不満というか――俺が作る」
「ふふふ、ありがとっ」
ダイニングテーブル越しに、キッチンに立つ軍人の背中を見る。
(首の後ろのほくろ、つつきたくなるなぁ)
足元の床板が古くて、彼が少し動くたびにキシキシと音を立てている。吊してある鍋に頭をぶつけてゴン!ガン!という音が、静かな部屋に響く。
前任のロマノさんは小柄な人だったし、これまでの人もそこまで背の高い人が来たことがなかったから、鍋の位置について気づかなかった。
今度彼が来るまでに鍋の場所を移そう――そう考え事をしていると、声が掛けられた。
「見過ぎだろ」
「え?あ。そう?」
「背中に視線を感じて気が散る」
そんなに見ていただろうかと、ドキッとした。
誤魔化すように視線を逸らしてしまい、これではジッと見ていたと認めるようなものだと思う。
私が彼と、彼の魂と出会うのは初めてではない。
容姿も声も性格も癖も。
何もかも毎回違うのに、なぜか彼は私が愛したあの人だとわかってしまう。
理屈ではないほどに毎度強烈に惹かれてしまう。
また会えたことが心の底から嬉しいのに、もう会いに来てほしくなかったという気持ちも大きい。
だって、私はまた彼に――――
「男が料理するのがそんなに珍しいか?」
「え?」
暗い思考に囚われ始めていると、少し不機嫌そうな声が聞こえてきて顔を上げる。
彼はまだキッチンに向かっていて、表情が見えない。
「……仕方ないだろ。弟妹が四人もいるんだ。一番下の妹はまだ六歳だし。両親は朝から晩まで働いてて家にいない。長男の俺が弟たちに料理を作って食べさせないと――」
「何も言ってないけど。できて困ることはないのだから、胸を張ればいいじゃない。男性が料理をするって、恥じるようなことなの?」
「そういうわけではないけど……」
何か引っかかることでもあるのかと、続きを促すように黙ると、ややしばらくしてその理由を話し出した。
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