第6話
「前に……」
「うん」
「その、いいなと思う娘がいて、デートしたんだけど」
「デート」
思わず口に出してしまうと、ムッとしたような表情をして彼が振り向く。
「デートぐらいしてもいいだろ!?」
「うん、まぁ……。それで?」
続きを促せば、顔を見て話しにくいのかまた背を向けてしまった。
「相手の娘から声を掛けてくれて、浮かれてたんだよ。それで、寝付きが悪くなって寝坊した上に、弟たちに朝メシ作ってたら初デートで約束の時間にほんの少し遅れてしまったんだ。それは俺が悪いからちゃんと謝った。だけど、『家族のためとはいえ、料理人でもないのに男が料理?なんか情けない』って言われて、振られたことがあって。料理人でもないのに男が料理するって、恥ずかしいことなのかと思ったことがあったんだ」
「酷い。家族のために尽くして何が悪いの?できないよりできたほうが良いに決まってるのに」
「…………」
彼が黙り込んでしまったことに違和感を覚えた。席を立って顔を覗き込めば、唇の端を歪めてまな板の上の野菜を睨んでいた。
「え?なんで怒っているの?私、今は怒らせるようなこと言ってないと思うんだけど」
「違う。怒ってない」
彼は顔を逸らす。
怒っているような表情に見えたが、よく見ればほんのり耳が赤い。
「あんたは否定しないどころか肯定してくれた。だから」
「あぁ。なんだ、照れたの」
「うるさい。黙って座って待ってろよ」
誤魔化すようにぶっきらぼうに言う彼。
素直なんだか、素直じゃないんだか。可愛い。
長男って言っていたけど、弟みたいだわ。
「はぁ。美味しかった。料理、上手だね」
「あんまり嬉しくないな。それより、調味料が全然ないが、普段どうしてるんだ?」
「え?どうもしないけど。塩はあるし」
軍人は呆れたような表情で私の顔を見てきた。
さらに、これ見よがしに「はぁ……」と息を吐かれた。
「食べることに無頓着過ぎないか?いつも塩味じゃ飽きるだろ」
「でも、食べなくても死なないから」
そう言うと、軍人の顔が少し硬くなった。
私が不老不死の魔女だということが、彼に認識され始めたように感じる。
だけど、まだ信じきれていないようで、微かに片眉が上がる。
「食べなくて死なないというなら、なんで野菜を育ててるんだ?腹が減るからだろ?」
「……私は人間だから」
「は?」
「食べなくても死なないなんて、人ではないみたいでしょ?私は人間だから。だから、食べるの」
軍人はそれ以降口を閉じてしまった。
重くなった空気を吹き飛ばすように、努めて明るい声を出す。
「さてっ。今から返事を書くから少し待ってね」
「あぁ。って、おい!書簡を俺の前で堂々と開くなよ。もう少し見えないように――」
「別に大丈夫だよ。見られても」
「は?極秘の内容じゃないのか?」
そう言いつつ、気になったのか軍人は広げた書簡をちらっと見る。
そして、二度見した。
「これ、暗号化されてるのか?」
「この国の言葉だけど。今は使わない字なんだってね。いつからだったかな。伝令係の人が読めなくなったの」
「……確かに、よく見たら古文の授業で見たような、気がしなくもない」
書簡の返事をすらすらと書く私を見た軍人は、複雑そうな顔をしていた。
「気をつけてね」
「あぁ」
森に向かって歩き出した軍人を玄関先で見送っていると、彼が急に振り返った。
「次、来るときは調味料を持ってこようと思う。何か欲しいものあるか?好きなものとか」
「……ありがとう。また来てくれるだけでいい」
「は?」
「だって、嫌そうだったから。ここに来ることが。だから、次も逃げずに来てくれるだけでいいよ」
私の指摘に少し気まずそうな表情をした後、「仕事なんだから来るに決まってるだろ!」と怒鳴って帰っていった。
「また会いに来てくれるのね……」
彼の背中が見えなくなっても森を見つめていた私の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
もう来ないでと思うのに、また会いたいと願ってしまう。
また来てくれると思うだけで胸がいっぱいになる。
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