第4話 ●
「あ。今スープも作ってるから、それ食べながら待ってて」
「…………」
年代物と思われる椅子に座ると、ギシときしんだ音がする。
魔女はこちらを気にすることなくキッチンに向かっているので、堂々と部屋の中を見回す。
玄関扉を開けるといきなりダイニングキッチンという、平民の家と変わらない作り。
家具はダイニングテーブルと四脚の椅子。飾り戸棚や本棚もある。
飾り戸棚にはそれなりに物が置かれているし、キッチンには鍋やフライパンが吊るされて生活感のある空間だった。
ただ、置かれている道具類は全て古めかしい物ばかり。
(今どき羽根ペンかよ……)
軽く見た限り、最近の便利な道具は見当たらなかった。
こちらに背を向けている魔女は、どこからどう見ても大人になりかけの少女にしか見えない。
薄い肩に、少し強く捻っただけで簡単に折れそうな細い首。汚れを知らないようなきめ細かく真っ白なうなじに、緩くまとめられた金色の髪。
「……おい」
「ん?」
「何してるんだ?」
「スープを作ってるって言ったでしょう?」
不覚にも俺は魔女の後ろ姿に魅入られていたが、スープを作っているはずの魔女の行動がおかしいことに気づいた。
先ほどから、大きなキャベツを左手に抱えて、右手で葉をちぎっては鍋に投げ入れている。
振り返ってきょとんと小首を傾げた魔女は、可愛――じゃない。
俺が何故突っ込んでいるのか理解できないらしい魔女は、また鍋へと向き直る。
外側がびりびりになったキャベツを脇に置き、干し肉を手に取った。
そして、「ふんっぬぬ……」と言いながら、固い干し肉の塊を手で裂こうとし始めた。
「おい!」
「もぅ、さっきから何よ?」
「もしかして、料理できないのか?」
図星だったのか、魔女は黙ってしまった――――
「ごちそうさまでした!美味しかったぁ」
魔女が満面の笑みを浮かべ、満足げに言う。
結局あの後、魔女の適当さに見ていられなくなり、俺が作った。
聞けば、伝令係は皆、来ると料理を作ってくれたという。
過去の先輩方の気持ちがよくわかる。
この魔女、どこか隙が多く、なぜだか世話を焼きたくなる何かがある。
調理中にいきなり首の後ろをつついてきたりと悪戯してくるのも、子供のようだ。
驚いて振り向けば、楽しそうに笑っていたし。腹が立つ。
「はい。お茶。料理のお礼に。お茶は完璧に淹れられるの。魔女だから」
魔女はふふんと誇らしげに言った。
なぜ魔女だからお茶は完璧なのか?と思ったが、すっかり警戒心の薄れていた俺は、出されたお茶を疑いもせず口に含んだ。
「ぶっふぉぉぉ!?なんっ!?なんだこれ!?にげぇ!」
「あ。吐き出すなんて、お行儀が悪い」
「毒でも盛ったか!?魔女!」
「毒なんて……酷い……。疲れているだろうからって、疲労回復の薬湯を出しただけなのに。疲れを取ってあげたいと思っただけなのに……。酷い……」
ショックを受けたような表情をした魔女が、手で顔を覆って俯いてしまった。
見かけが華奢で可憐な少女だから、殊更罪悪感が襲ってくる。
「あ……その…………すまなかった」
ぼそりと呟けば、指の隙間からこちらを窺う魔女の目が笑っていた。
まただ。
またからかわれたのだ。
本当に腹が立つ!
「あっ。寝るの?お風呂はその廊下の先ね。二階は私の部屋だから上がらないようにして」
「頼まれても上がらない!!」
借りている部屋に入り、乱暴にベッドに横になる。
はぁと大きく息を吐けば、どっと疲れが襲ってきた。
どうしてこうなったのか――――
◇
上官の指示に従って伝令係の制服を着て意気揚々と城を出た瞬間、ウーゴに会った。
そのときに言われたんだ。
特任伝令係というのは、軍の中でも一、二を争うハズレ仕事だと……。
「特任伝令係って……おい、リベリオ!お前、まさかお世話係に任命されたのか!?」
「お世話係?特任伝令係って言っただろ。いいだろ?この制服、軍属って感じがするよな」
「あー。お前は訓練が終わると直ぐ帰るし噂に疎いもんな。特任伝令係ってのは、軍の中では通称お世話係って呼ばれてるんだよ」
「どういうことだ?」
「伝令係といえば、普通は迅速に伝令を届けたり伝えるのが仕事のはずだろ。なのに、歴代の特任伝令係はなぜか皆食料を持って行ったりよくわからない道具を持って行ったり。まるで小間使いのように見えるらしい。伝令先は誰なのか、歴代の係は口を割らない。だから、陛下の愛人じゃないかって噂もある。特任なんて付くが、本当の仕事は愛人のお世話じゃないかってことで、通称お世話係と言われて馬鹿にされているんだ」
「なんだって!?」
「それに、軍人ならやっぱり戦場で活躍したいだろ。特任伝令係は戦時下でも戦場に送られることがないらしい。で?これから任務なんだろ?どこへ行くんだ?相手は誰なんだ?俺とお前の仲だろ。教えてくれよ。誰にも言わないから」
「……教えねぇよ。だけど、愛人って線はないはずだ、多分」
上官からの話で魔女は老婆だと思っていたから、あのときは愛人説を否定したが、どう見てもあれは若い女だ。
現王はまだ二十代前半ということを考えると……。
まさか本当に陛下の愛人ってことはないよな。
去年ご成婚されたばかりだし。ないない。
ない、よな?
魔女も目を剥いて全力で否定してきたしな……。
――そんなことを考えていた俺だったが、初めて滞在するというのに魔女の館でぐっすり眠っていた。
翌朝、目が覚めると体が軽かった。
あの恐ろしいほど苦い飲み物が、疲労回復の薬湯というのは本当だったのだ。
殆ど吐き出してもこれということは、すごい腕の持ち主なんだろう。
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