第2話

「とりあえずそこに座って。はい、どうぞ」

「なんだ?これは」


 私はポットから注いだ飲み物をテーブルの上に置いた。

 軍人は目を眇めてカップを睨む。警戒しているらしい。


「薬草茶。イライラに効くの」

「イラ……チッ。――そんなことより、魔女をどこへやったのかと聞いている。お前は魔女の孫か何かか?それとも……王の愛人なのか?」

「はぁ!?王の愛人って!そんなわけじゃない!今の王には会ったこともないわ!それに、さっきから私がその魔女だって言ってるでしょ!?」


 私の剣幕に一瞬たじろいだ様子の軍人。

 だけど、負けじと大きな声で言い返してくる。


「いや、だから!魔女はこの森に五十年は住んでいるんだ!お前はどう見ても十五、六だろ!?」

「ふぅん。今は、『五十年は』なんて言われているの。でも、五十年じゃないけど。私はずっと、んー……五百年は生きているもの」

「五百!?」


 驚愕に目を見開く軍人だったが、次の瞬間にはハッとした。


「嘘だろ!俺をからかってるんだな!?人がそんな長い年月生きられるわけがない!そんなの化け物じゃないか」


 彼の放った『化け物』という言葉が、私の胸を深く抉った。

 その通りだ。

 私は自分でも化け物だと思う。

 だって、死ねないのだ。


 昔、悪い魔女によって私は呪いをかけられ、不老不死の体になってしまった。

 呪いをかけられたのが十六歳になったばかりの時だったから、見た目年齢もそれから変わっていない。


 どうにか死ねないかと試したこともあった。

 だけど、何度やっても無駄だった。

 死ねないことに絶望したのも、遠に昔のこと。


 死ねないなら生きるしかない。

 化け物と言われようと。


「よくわかったね。五百年は嘘。まだそこまでは生きてないけど、多分三百年くらいかな。途中から数えるのをやめたから、正確な歳はわからない。でも、この森に住み出したのは、たしかに割と最近……だいたい五十年くらい前からで――」

「嘘はもういい!!」


 彼は嫌悪感を顕に睨んできた。

 本当のことを言っているのに、そんな目で見られるとやっぱり悲しくなる。


「これは嘘じゃない。この森の主は私。不老不死なの。見たでしょ?」


 きれいに傷痕が消え、血の跡だけが残っているであろう頬を指で撫でれば、軍人は神妙な顔をした。

 さすがに目の前で見たばかりの信じ難い事実が、言葉に信ぴょう性を持たせているのだろう。


 穴が開きそうなほど私の頬を睨み付けていたと思ったら、懐から筒状に丸められた紙を取り出して私に向かって突き出してくる。

 見慣れたそれは、伝令係が王から毎回持たされる依頼書。

 それを私に渡すということは、一応魔女だと信じてくれたのだろう。


 依頼書を受け取ると、紐を解いて中を確認する。

 その間、表情を険しくしたまま軍人が見てくる。


 返事を書くために背を向けると、玄関扉から軋んだ音がする。

 振り返ってみれば、軍人が何も言わずに外へ出ていった。


「えっ」


 何も言わずに帰ろうとする彼を追い、私も外に出る。

 長身の彼が無言でずんずん進んでいるから、あっという間に敷地から出ようというところまで行っていた。


「ねぇ!ちょっと待って!この時間からその森の中を行けば魔物に襲われるかもしれないけど!いいの!?」


 軍人の耳に届くように声を張り上げて言えば、彼の足がぴたりと止まった。


 昔に比べて魔物の数は大幅に減っている。

 最近では魔物をその目で実際に見たことのある人も稀だと聞く。

 今の人にとって魔物とは、空想上の生き物のように思われているらしい。

 この軍人もまた、魔物を畏怖の対象として思っているのだろう。


 ただでさえ昼間でも薄暗く気味が悪いとされている森に、今は夕闇が迫りつつある。

 これから街へ帰ろうとすると、森から抜ける前に日が落ちてしまうだろう。


 夜は魔物が活発になる時間。

 街の人は空想上の生き物のように思っていても、この森には街の人が言う「魔物」が本当に住んでいる。

 実際は、小さくて悪さをするようなものではないけど。


 私の声が軍人に届いてから、彼は微動だにしない。

 いや、先ほどよりうつむき加減になったので、葛藤しているのだろう。


「魔物に襲われてもいいって言うなら止めないけど!前の伝令係、ロマノさんは毎回ここに一泊して翌朝戻ってたよ。その前の人もその前の前の人も、一泊して帰ってた。あなたもそうしろって言われて来たんじゃない?」


 軍人が返事をする代わりに、靴底で小石がこすれてジャリと音がした。


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