第15話 ●
ルーナから預かった書簡を渡すと、上官はさっと目を通して顔を上げた。
「――たしかに。ご苦労様。……あのお方の正体を知った直後は『任期はいつまでですか!?』と嫌そうだったのに、すっかり真面目に任務に取り組んでいるな」
「……任務ですから。どんな内容でも与えられた仕事を全うすることさえできない人間は一人前にはなれない――と、昔祖父に習ったので」
「それは良い教えだな。この特任伝令係をお世話係と揶揄する者もいるようだが、重要な役目であることは確かなんだ」
「俺は何を伝令しているんでしょうか?彼女には何を?」
「全ては言えないが、戦場で使用する特殊な薬や魔物の瘴気で負った傷を治す薬、それらを作っていただいている」
戦場や魔物の傷には王家が特殊な薬を提供してくれる。
物凄く効き目の良い万能薬だが、王家が管理しているため自由に手に入れることができない。
絶対君主制でも不満が噴出しないのは、そういう恵を与えられているから。
(ルーナがその一端を担っているのか……。本当に凄いんだな)
上官の執務室を出ると、その足で訓練場へ向かう。
あの森に慣れたのか、初回に比べると行きも帰りも時間がかからなくなっていた。
帰るにはまだ少し早かったので、体を動かすために。
訓練場に着くと、無心で素振りをした。
「リベリオ。どうした?」
「ウーゴか。どうしたって何が」
「考えごとをしている顔をしてた。悩みか?」
「あー……」
さすが幼なじみは目ざとい。
だが、胸の内を話すには秘密にしなければならないことがある。
ウーゴから「まぁ、こっち来て座れよ」と言われ、相談したい気持ちに負けた俺はベンチに腰掛けた。
「あのな、友達の話なんだけどな」
「おお」
「女の子に、その、プレゼントを渡したら、そのときは嬉しそうな顔をしていた。だけど、その後に微妙な顔をしているのを見てしまった。って言うんだ。これ、どう思う?」
「そりゃ、お前。気に入らなかったけど、気を遣って喜んで見せていただけだろ」
「やっぱりそうだよな……」
ロマノさんに唆されて、なんとなく考えていたら、この名前以外考えられないと思えるほどしっくりくる名前を思いついてしまった。
だから、ルーナという名前を提案した。というよりは、押しつけた。
彼女は月を思わせるような色味をしているし、最高の名前を思いついたと思ったんだ。
泣くほど喜んでくれて、ロマノさんの提案を受けて良かったと思った。初めは。
気分良く薪割りを開始して、一足遅れて庭に出てきたルーナを見れば、彼女は憂い顔をしていた。
それが妙に胸をざわつかせた。
どう考えても、泣くほど喜んだ直後にする顔ではない。
だが、俺の前ではいつもと変わらない振る舞いをする。
あの顔はどういう意味だったのか。
森からの帰り道、ずっと考えていた。
「リベリオお前、女できたのか?」
「は?できてねぇよ」
「今の話、お前の話だろ?隠さなくても俺にはわかる。あ、でも。プレゼントが喜んでもらえなかったってことは、これからか。好きな子ができたってことだな」
「そんなんじゃねぇって」
「なぁ。真面目な話、早く転属願い出したほうが良くないか?」
「は?なんでだよ」
「なんでって……。出世が見込めないお世話係だと知られたら、その好きな女の子に逃げられる可能性もあるぞ。なんなら俺が上に掛け合ってやる」
「そんなことしなくていい!」
俺の強めの否定に、ウーゴが目を見開く。
思いの外大きな声が出て、自分でも驚いた。
「だけど、希望が通るとは限らないんだし、出すだけ出したほうが良いだろ」
「いいって。別に女のために仕事をするわけじゃないし」
「だったら、尚更転属願いは早く出したほうがいい。毎年願いを出しても通らない可能性だってある」
「だから、いいって言ってるだろ」
「なんだよ……。お前、もしかして、楽してほどほどの給料もらえることに満足したんじゃねぇだろうな!?」
「そうじゃなくて――」
「じゃあ何なんだよ!?さっきから出世したいって気持ちが見えねぇよ。お互い軍人になれてこれからだなって、もっともっと上に行くぞって話してただろ。なのに俺は人事課でお前はお世話係。この場所で上に行くのは無理だ!もっとのし上がってやるって言ってたのは嘘か!?俺はもう転属願い出したぞ!」
ウーゴは話しているうちに熱くなってきた。
俺の服を掴んで、納得できないという思いをぶつけてくる。
ウーゴの言いたいことはわかっている。
ガキのころから二人で語っていた夢のため、こんな寄り道している場合ではない。
同僚からお世話係と馬鹿にされるのも腹が立っている。
わかっているが……。
「そうじゃない。もちろん、気持ちは変わってない。だけど、配属されたばかりだぞ。これでは投げ出すようで……。昔じいちゃんが言ってたんだ。全ての経験が未来の己を作る。一見無駄に思えることも、振り返ってみれば教訓になっていたり気づきになっていたり、必要な経験だとわかるときが来るって。俺は今、これからの俺の人生に必要な経験をしているときなのだと思って、何か掴めるまではやってみようと思ったんだ。それに、こんな短期間で投げ出したら、他のことをしても一人前になれない気がして」
「…………なるほどな。まぁ、配置換えの時期までまだ時間はある。気が変わったらいつでも言ってくれ。できるだけ早くだぞ」
「あぁ……」
「国境付近がきな臭いらしい。近いうちにまた争いがおこるかもしれない。そうなったらチャンスだぞ。内勤や愛人の世話をしている場合じゃないんだから」
「おい。だから、愛人じゃないって言ってるだろ」
「はいはい。じゃあな」
もっともらしいことを言って、俺は誤魔化してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます