第33話
「黒き魔女は私に呪いをかけようとしたのに……ディアーナに……本当にすまない…………」
私は、目の前で項垂れている壮年の男性が、自分の知るエルヴィンだとは信じられなかった。
だけど、目元と首の後ろにあるほくろは、私の知っているエルヴィンと全く同じで……。
(二十年も黒き魔女の呪いで眠っていたなんて……)
「……本当にエルヴィンなの?」
「ああ。本当だ」
「あれからどれくらい経ったの?」
「二十年ほど」
唇を湿らせる程度のことしかしていないのに、極端にやせ細るでもなく、老いることもなく、私だけ時が止まったままのようだったという。
長い年月眠っていたから身体がだるく感じるし、まだ思うように体が動かないけど、窓に映っている自分を見る限り、私は何も変わっていない。
「陛下って呼ばれていたけど」
「……この国は大きく変わってしまった」
「エルヴィンが国王になったの?王太子殿下はどうしたの?」
「兄は亡くなった。だから、私が」
私が倒れている二十年間で、この国は大きく変わっていた。
黒き魔女の魔法の被害を受けたのは、私だけではなかった。
爆ぜた禍々しい光が国に降り注ぎ、各地で魔物が活発となる。
他の聖女では抑えが効かないほどの大型の魔物も多く出現し、壊滅状態になる都市も出た。
あれだけ人々が信じていた聖女信仰だったが、救いのない状況に人々は嘆き、ぶつけようのない恨みを持つようになっていく。
町や村が被害にあい人々が苦しむ中、聖女の住む離宮は元々守りを厚くしていたため、魔物による被害がなかった。対策のための討伐隊が離宮を出入りする度に、聖女だけが国から守られていると勘違いした人々の恨みが聖女へ向くのは、ある意味自然なことだった。
誰が言い出したのか『聖女とは魔女のことなのでは?本当は聖女が魔物を操っているのだ!』と噂が出始め、あっという間に広がると、人々は聖女が諸悪の根源だとした。
そして、魔女狩りをするようになる。
本物の黒き魔女のように攻撃魔法を使えない聖女たちは、押し寄せるただの人から迫害されるようになってしまった。
最後まで王家は認めなかったが、聖女信仰は間違いだと人々は次々に信仰をやめていった。
黒き魔女の魔法の影響がなくなるまで国は有効な対策を講じられず、魔物の活発な活動が落ち着くまでに十年以上の歳月を要した。
第一線で魔物退治に当たらざるを得なくなった王太子は、討伐中の事故で帰らぬ人となり、復興に奔走した国王は倒れた。
エルヴィンが国王となって既に十年以上経過していた。
――――丁寧に説明されても、ピンと来ない。
自分だけが置き去りにされた感覚。
信じられなかったけど、エルヴィン以外の顔見知りも皆歳を取り、王城や神殿も随所に時の経過を感じる。
取り巻く環境も変わり、否応なしに認めざるを得ない。
猫のソルも生きていたし……。
飼い始めたとき子猫だったから、時の経過が本当ならソルは今、二十五歳のはず。
それほど長生きの猫がいるとは聞いたことがない。
なのに毛艶も良く、明らかに五歳くらいで時が止まっていた。
ソルの子供や孫なのかと思ったくらいだったけど、エルヴィンが『あのとき何故かソルが近くにいたんだ。それで……ソルも十年ほど眠ったままだった』と教えてくれた。
きっとあのとき私について来ていて、黒き魔女の呪いを浴びてしまったのだ……。
私からすると、突然老けてしまった婚約者には戸惑った。
身体が思うように動きにくいし、外に出て時の経過を感じると自分だけが世界から取り残されている気がして、私は部屋からあまり出なかった。
だけど、エルヴィンは毎日顔を見に来てくれた。
来てくれると安心できるし嬉しく感じる自分がいることに気づく。
私からしたら突然歳を重ねた姿になったエルヴィン。それでも彼のことを愛しく思う気持ちは変わらなかった。
歳を取って落ち着いた大人になったエルヴィンも包容力があって、また素敵だと思えた。
部屋で二人でお茶をする時間が、私の大切な時間になっていた。
あの日までは――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます