第31話

 


「指は三本?」

「いいえ。二本……」

「そうか。まだかなりぼやけているから二本が三本に見えるのか」

「でも、一週間でここまで回復するとは思わなかった」

「ディアーナのおかげだ。ありがとう」

「ううん。そもそも私が――」

「いいや!ディアーナがいてくれたからだよ!」


 エルヴィンは私が自分を責めないようにと気を使ってくれる。

 その気持ちが嬉しいし、私が落ち込むとエルヴィンが辛そうなので、笑顔を作る。


 エルヴィンが私の顔に手を伸ばして両手で包み込んでくる。

「ちゃんと笑ってるね?」と言って。


 先日、黒き魔女に侵入され、香水を利用されてから、エルヴィンは私の顔をよく触るようになった。


「こうしたら絶対に間違えない」

「凄い自信ね。触っただけで本当にわかるかしら?」

「わかるよ。僕はディアーナを絶対に間違うことはない」

「どうしてそこまで」

「だって、一目惚れだったからね。君の笑顔は初めて会ったあの日から僕を捕らえて離さないんだ」


 突然初めて聞いた話に、私は嬉しさよりも驚きが勝ってぽかんとしてしまった。


「……あれ?ディアーナ?聞いてる?」

「き、聞いてるけど」

「あっ。ははっ!頬が熱くなってきた!照れたんだな?」

「や、やだ――」


 エルヴィンに両手で包まれて、頬の熱を感じ取られてしまった。

 エルヴィンは嬉しそうに笑って、包んだままの手に力を入れてムニムニと円を描くように動かす。


「あぁ、勿体ないなぁ。今日はディアーナの十六歳の誕生日なのに。そんな大切な日に、恥じらうディアーナの顔が見られないなんて」

「み、見なくていいからっ」


 それよりもまだ頬をムニムニさせる手をやめさせようとしたとき、慌てた様子の討伐隊が部屋に入ってきた。

 昨日までは一般市民の人的被害はなかったのに、ついに村人が犠牲になってしまったとの急報だった。


「僕、もう一度黒き魔女との話し合いに行ってくる」


 報告を聞いたエルヴィンが即座に立ち上がる。

 私は、今にも走り出していきそうなエルヴィンの腕を掴んで止めた。


「その目でどうやって!?」

「だけど、このままではどんどん国民が犠牲になりかねない!」


 いつにないエルヴィンの迫力に驚き、私は押し黙ってしまった。


「ごめん。だけど、僕は王族だから民を守る義務がある。今度は一人で行く。今までだって、僕一人のときには害されたことはない。だから、きっと大丈夫だよ」


 先日無理矢理ついて行った結果、黒き魔女の魔法に手が出なかった私は、何も言えなかった。

 行ってほしくないけど、お願いするしか今は方法がないのも事実。


 だけど、私は一人でじっと待っていられなかった。

 報告のあった魔物を討伐、浄化した足で、そのまま黒き魔女の館を目指した。


 近くまで馬車で行き、見つからないように森の中を静かに歩く。

 またソルがついてきてしまったけど、そんなことは構っていられない。


 黒き魔女は自分の住処を隠し、許した人しか近づくことさえできない。そう言われている通り、私にはどこにあるのかわからなかった。

 先日はエルヴィンと一緒だったから行けたのだろう。



 しばらく森の中を探して歩いていると、前方からエルヴィンが走ってくるのが見えた。

 まだ目が完全に治っていないエルヴィンは、足をもつれさせて転んだ。

 そこに後を追ってきた黒き魔女が迫る。


「っ!?」


 立ち上がって走るエルヴィンの背中めがけ、黒き魔女が魔法を放った。

 が、見えない壁が攻撃を弾く。


 黒き魔女に一人で会いに行くと聞いて、急いで作った御守りの効果だろう。特別な呪文で、攻撃されても三回は弾く魔法を付与した。

 お守りが無事に作動していることにほっとしつつ、いったい何度攻撃されたのか心配になる。


(もしも、今のこれが三回目だったら……?)


 そう思った瞬間には体が勝手に動いていた。


 私がエルヴィンに向かって駆け出すと、黒き魔女と目が合った。

 その瞬間、黒き魔女はおぞましいほどの形相に変わる。


 小瓶を取り出し、何かを辺りに撒いた。

 そして金切り声をあげる黒き魔女。


「エルヴィン!!」

「ッ!?ディアーナ!?そこにいるのか!?」


 エルヴィンの名を呼んだのは黒き魔女なのに、エルヴィンは私が呼んだと思ったようで、黒き魔女の方へ向く。

 そのまま黒き魔女のほうへと足を踏み出した。


「え?エルヴィン!私はこっちよ!」


 慌てて呼べば、エルヴィンは立ち止まり、戸惑ったように見渡している。


(エルヴィンはどちらが私かわからないの!?あ!さっきのはもしかして香水!?)


 立ち止まったエルヴィンに、ニヤァといやらしい笑みを浮かべた黒き魔女が迫った。

 口元が動き、何か呟いているのがわかる。


 エルヴィンが黒き魔女のほうへと振り返った瞬間、黒き魔女の手元に禍々しい光が集まっていくのが見えた。

 見ているだけで恐怖に支配されそうな禍々しい光。それがどんどん大きくなっていく。

 とても嫌な想像をしてしまい、私は走り出していた。


「――逃げて!!」


 黒き魔女の放った閃光がエルヴィンに向かっていく。

 私は杖を掲げてエルヴィンの前に出た。


「ハッ!ハハッ!アーハッハッハ!ハハハハハ!!ヒィヒッヒィヒィ……!」


 強い光に目が眩んだ。

 寒気のするような黒き魔女の笑い声だけが耳に届いてくる。


「…………」


 私は必死に「エルヴィンどこ!?大丈夫?」と声を出しているつもりなのに、声が出ない。

 顔や腕にちくちくと草が刺さるような感覚があり、自分が地面に倒れ込んでいることがわかった。


 遠のく意識の向こうで、エルヴィンの声が聞こえた気がした――――

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