第2話 なんでも屋はじめました。
本に視線を落とす。
すると、そこには概説として魔法の基本理論と、この魔法の仕組みが図解してあった。
そこかしこに注釈があり、初学者でも理解しやすいように配慮されている。
わたしは、魔法を学んだことがない。
そのせいか、この本は、まるで自分のために書かれた本のように感じた。
表表紙をめくると、魔法の定義とその歴史が書いてある。
この本によると、魔法とは、体内にめぐる魔力を効率的に発現させる方法であるらしい。
魔力は、程度の差こそあれほとんどの生き物が持っている。極論してしまえば、魔力が生まれつきに高い者であれば、魔法という技術がなくとも体外に放出させることで物を壊すことはできる。
しかし、それは暴風のような物であり、対象を選ぶこともできなければ、周囲にエネルギーをばら撒くだけの非効率この上ない代物なのだ。
また、人間のもつ魔力は、魔族や魔物に比べてとても低く、無目的に撒き散らすだけでは、魔族や魔物にはとても太刀打できない。
そのため、効率的かつ目的に即して魔力を行使する方法が魔法であり、それは、人族と魔族との戦いの中で発展してきたとのことだった。
どんどん項をめくっていく。すると、内容は概説から具体的になっていった。
物探しについての記述が始まる。
魔法言語、すなわち、呪文と言われるものは、精神作用であるイメージを物質世界に介入させるための契機であり、その行使には、期待する現象と動機について、どれだけ具体的なイメージを持っているかが重要らしい。
また、発動に慣れれば、詠唱を省略することができるが、やはり、完全な詠唱の方が魔法の効果は高いようだった。
読んだことを早速試してみたくなった。
手元にあった消しゴムを、向こうの棚に置く。
そして、詠唱をする。
……。
何も起きない。
どうやら自分で隠したような場合、つまり、動機について具体性がない場合には魔法は発動しないらしい。
とはいっても、都合よく探し物なんてないしなぁ……。
あっ、そういえば、お母さんがイヤリングを無くしたって言ってたっけ。
自分がプレゼントした物だからイメージしやすい。
今度は、イヤリングとそれを母親が身につけている姿をイメージし、本に書いてある詠唱文を読む。
「「……夢に迷いし
すると、なぜか頭がゾワゾワっとした。
そして、フワッとどこからともなく光が集まり、漂う煙のように音もなく廊下の向こうに流れいく。
誘われるまま光についていくと、光は屋根裏部屋に続いていた。
『あんな場所にある訳が……』
半信半疑で屋根裏に上がる。
ケホケホ……。
埃を払いながら屋根裏部屋を覗くと、乱雑に物が入れられた木箱が光っていた。
その中をまさぐると、何年も着ていない服のポケットからイヤリングが出てきた。
『こんな絶対に見つからないような場所にあるなんて』
きっと、当時のわたしが無意識にポケットに入れたのであろう。
……魔法が使えた!
そう思うと、居ても立ってもいられない気持ちになった。
カラン。
ちょうどお母さんが帰ってきた。
「ソフィア、ありがとう。遅くなってごめ……」
話しが終わる前に、わたしはお母さんに抱きついた。
「お母さん! わたし魔法が使えたよ! 今日、好きなものができたよ!」
お母さんはビックリした様子だったが、一呼吸おいて目尻を下げると、嬉しそうな顔をした。
「そうなんだ。よかったね。それはそうと、あなたネコ耳生えてるわよ」
「えっ?!」
頭を触る。
すると、両サイドに動物の耳みたいなのが生えている。鏡を見ると、頭に黒いネコ耳が生えていた。
『明日からどう隠そう……』
そんなことを考えていると、ネコ耳はどこかにひっこんで見えなくなった。
頭を触っても違和感はない。
お母さんは、娘の一大事なのにあっけらかんとしている。なので、それ以上、ネコ耳については考えないことにした。
お母さんが視線を落とす。
わたしが持っているイヤリングに気づいたようだ。
「その手にもってるの前にプレゼントしてくれたイヤリングじゃない? よかったぁ! 無くしちゃってずっと気になってたんだよ」
イヤリングを渡す。
すると、お母さんは、両手で包み込むように受け取った。
その様子を見ていたら、わたしも嬉しくなった。
『魔法で誰かに喜んでもらえるのって、わたしも幸せな気分になるもんなんだ! もっと色んな魔法を覚えたいよ』
ロコ村には魔法屋も図書館もなく、なかなか魔法を覚えることができない。
それで思いついた。
『何でも屋で色んな人のお手伝いをして、報酬に魔法書をもらっちゃおう』
こうして【魔法のなんでも屋】が誕生したのだった。
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