第15話 王妃様のお願い事

 

 ラインライト……。


 最近、知り合う人のラインライト率が上がってる気がする。実は、ラインライトさんは世に溢れているんだうか。


 とにかく、自己紹介しないと。

 わたしは、今更ながらに、あたふたと髪の毛を整える。


 「わたしは、ソフィアに住んでるロコといいます、あっ」


 しまった。

 噛んだ。


 すると、マリアーヌさんは、そんなことを意に介する様子はなく、わたしのことを頭のてっぺんから足のつま先までジッと見る。


 「なるほど。可愛い子ね。セドル君は面食いだったのかぁ。わたしが紹介したお見合い相手を気に入らないのも納得かも」


 「あの……どんなご用ですか?」


 「そうそう! ちょっとお願い事があるの。探し物なんだけれどね。あなたはそう言うの得意と聞いて……」


 たしかに。得意というよりは、できることがそれくらいしかないだけなのだけれど……。


 マリアーヌさんは続ける。


 「指輪なんだけれど、探せるかしら?」


 「可能だとは思うけれど、探し物について詳しいエピソードが必要になります。お話は教えてもらえますか?」


 すると、マリアーヌさんは周囲の目を気にする仕草をした。人に聞かれたくない話なのかな。


 「中にどうぞ」

 

 わたしはマリアーヌさんをお部屋に招き入れ、お茶をれる。すると、マリアーヌさんはなにやら感心した様子で、わたしをみている。


 貴族の人たちは自分ではお茶は淹れないのかな?


 お茶を出すとマリアーヌさんは、おもむろに口を開いた。


 「わたしはね、実は再婚でね。指輪は前の旦那様が亡くなる前にくれたものなの。その人は騎士だったのだけれどね……」


 どうやら、その男性は王宮で騎士をしていたらしい。彼は裕福な生まれではなったが、マリアーヌさんは、その誠実な人柄に惚れ込んで、プロポーズを受け入れたという。


 マリアーヌさんは侯爵家の生まれで、身分違いだと周りには白い目でみられた。貴族達からみれば彼は貧しく、結婚指輪も買えなかったが、2人だけで結婚式をした。


 ラインライトの国を出て、冒険者のようなことをしたり、2人で村で住み込みで働いてみたり。侯爵家のご令嬢にとっては、どれも新鮮な経験だったのだろう。


 2人での生活は裕福ではなかったが、幸せで楽しかった。


 話をしているマリアーヌさんは、とても楽しそうに見えた。きっと、すべて本当のことなのだろう。


 マリアーヌさんはそんな幸せな日々がずっと続くと思っていた。しかし、それは突然に終わる。


 彼から離婚したいと言われたのだ。彼は重い病気で、自分がいなくなった後のマリアーヌさんを心配したのだろう。


 結局、マリアーヌさんは、泣いてわめいてすがって、最後まで一緒に居たらしい。そして、彼は亡くなる少し前に、マリアーヌさんに指輪を渡した。


 彼が命より大切にしていた剣を売って、手に入れた指輪。きっと、亡くなるまでの短い間だけでも、奥さんらしいことをしてあげたかったのだろう。

 

 その後、今の旦那さんと出会って結婚したが、指輪は捨てられず、ずっと大切に保管していたということだった。


 話が終わると、マリアーヌさんは、膝の上に手を揃え、うつむいた。わたしも、かける声が見つからなかった。



 今回のご依頼品はその指輪だ。


 わたしのサーチの魔法は、対象物に対する持ち主の思い入れを特定し追跡する。そのためには、気が進まないが、この質問をしなければならない。


 「マリアーヌさんは、今でも前の旦那さんを愛しているのですか?」


 わたしは話しているうちに気づいてしまった。この女性は、セドルさんのお母上、つまり王妃様だ。


 この質問の答えによっては、不貞罪で死刑にもなりかねない。


 マリアーヌさんは、すこし間をおくと、顔を上げた。そして、私の目を見てハッキリと答えた。


 「愛しています。相手はもう死んでしまって嫌いになることもできないの。これは、今の旦那様にとっては裏切りなのかも知れない。だけれど……」


 必要な想いは揃った。

 わたしは、物探しの魔法を使う。


 

 「「夢に迷いし煌めきよ。汝の想いを分かち合うべき者のもとへ。五芒星の道標(サーチ)」」


 すると、あたりに現れた光が、風に導かれる煙のように、一つの指向性をもってまとまりはじめる。


 わたしとマリアーヌさんは、光を追いかけ、地上階への階段を降りる。


 マリアーヌさんは、足を止め、口を押さえた。そこから漏れ出る声は、かすかに震えていた。


 「なんでこんな所に……」


 ここは、マリアーヌさんの居室や寝室ではない。兵士たちの訓練場だ。


 ここは、マリアーヌさんと前の旦那のケリーさんが初めて出会い、そして、プロポーズされた場所。


 光に導かれ、剣などを収めるついたての裏側を見ると……、指輪が落ちていた。


 マリアーヌさんは、指輪を両手で愛しむように持つと、胸に押し当てる。目は閉じていたが、瞼の間から涙が伝い落ちた。


 そして、こちらを向く。


 その頬は、やや熱を帯びているように見える。でも、きっとその熱は、涙の跡にすぐに冷やされてしまうのだろう。


 「ソフィアさん。本当にありがとう」


 わたしもマリアーヌさんの方に向き直す。すると、光がまだ消えずに指輪の周りに集まっていることに気づいた。


 「マリアーヌさん。光がまだ何かを示しています」


 指輪をよく見ると、宝石が簡単に外れるようになっていた。宝石を外すと、文字が刻まれている。


 「マリアーヌ。愛している。私の妻でいてくれてありがとう。そして、これからはを祈っている」


 ケリーさんは、自分の先が長くないと知っていた。だから、マリアーヌさんが立ち止まらないように、指輪にこのメッセージを残したのだろう。


 マリアーヌさんは口を押さえると、嗚咽おえつし、瞳からは大粒の涙が、ボロボロとこぼれ落ちた。わたしもつられて泣いてしまった。


 指輪の周りに漂っていたのは、ケリーさんの想いの残滓ざんし。はじまりの場所に導き、今までの感謝を伝えたかったのだろう。


 しばらく2人で泣いた。

 落ち着くと、マリアーヌさんは涙を拭った。そして、わたしを見ると微笑んだ。


 「ソフィアさん、本当にありがとう。あなたにお願いして良かった。何かお礼をさせて。欲しいものはない?」


 わたしは断った。

 だけれど、どうしてもと言ってくれて聞き入れられそうにない。


 なので、時々、セドリックさんにお弁当を作ってあげてください、とお願いした。


 マリアーヌさんは「わたしのお弁当なんかで迷惑じゃないかな?」と言っていたが、そんなことはないと思う。


 セドルさんはマリアーヌさんの話を嬉しそうにしていたし、わたしのお母さんのお弁当でも喜んでくれたのだ。きっと、喜んでくれると思う。


 そうでなかったとしても、より仲良くなるキッカケにはなるだろう。


 わたしも役にたてて嬉しかった。


 この人は、王族なのに純粋なのだろう。


 いや、セドルさんも真っ直ぐだ。

 王族、というのは失礼なことだろう。


 王族であっても、貴族であっても。

 平民であっても。


 いい人もいれば、悪い人もいる。

 優しい人もいれば、意地悪な人もいる。


 わたしは。


 学校のみんなは、わたしが馴染めなくて1人でいても無関心なのだと思い込んでいた。だけれど、どこかには、わたしを気にかけてくれた子もいたのだろうか。



 そんなことを考えながら、部屋に戻ろうとすると、マリアーヌさんが手を振りながら叫ぶ。


「ソフィアちゃん。わたし、あなたのこと応援するから! 身分のことは気にせず、うちのお嫁さんになりなさい!」



……え?


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