第16話 王子様とデート


 部屋に帰って、天蓋のついたベッドに横になった。ゴロゴロしても落ちないしフカフカだ。


 このベッドいいなあ。

 さっきのことについて考える。


 王妃さまは、前のご主人が好きだけれど、今の旦那様のことも好きなのかな?


 きっと、そうなのだろう。

 時間を積み重ねた大人の恋愛は難しい。


 すると、またドアがノックされる。


 「はーい!」


 ドアを開けると、中年の男性がいた。


 なんだか、この後の展開が想像つく。

 正直なことをいうと、今すぐこの扉を閉めたい……。


 男性は名乗る。


 「夜分にすまんね。わたしの名は、ハルベルト・フォン・ラインライトという」


 ほら。やっぱり。

 絶対に王様だ。


 会食の前に全員と会っちゃったよ。

 ……わたし、このまま帰っていいですか?


 男性は、足から頭の先まで、品定めをするようにわたしを見る。


 「なるほど。セドルのやつ面食いだな。どうりで、お見合いを拒むわけだ。ところで、お願いがあるのだが……」


 なんだか、さっきも聞いた気がするよ。

 この会話。

 

 部屋から追い出したいけれど。

 相手は王様だ。やっぱり、まずいよね?


 お部屋に招き入れると良くなさそうなので、申し訳ないけれど、その場でお話を聞くことにした。


 すると、王様はトーンを落として話し出した。


 「実は、わが妃のマリアーヌが、大切なものを失くして困っているようなのだ……」


 ほらきた。

 わたしは即答する。


 「それ、解決しました。さっき、マリアーヌ様と見つけましたよ」


 すると、王様は少し驚いた顔をした。


 「そうか、さすがだな。では、もう一つお願いが……」


 ロクなことではないと思うが、無碍むげにもできない。


 「なんですか?」


 「私は、子供が息子しかいないから、娘に憧れててな。お義父さんと呼んではくれぬか?」


 予想どおりロクなことじゃない……。

 相手は王様だ。仕方ない。

 がんばれ! わたし。


 「おとうさま……」

 王様はたいそう嬉しそうにしている。


 「じゃあ、次は、パパと呼んではくれぬか……」


 キリがない。

 わたしは、「無理でーす!!」というと、扉を閉めた。


 セドルさんのご両親は気取った感じがない。きっと、だからセドルさんもあんな感じなんだろうなぁ。




 次の日になって、朝食を終えてお腹が落ち着いた頃、セドルさんが迎えにきた。


 「さぁ、予定のデートのトレーニングに行きましょう」


 いまさら、トレーニングなんていらない気はするけれど、約束だもんね。


 セドルさんについて市街地に向かう。


 まず、商店街にいって、色々みてまわった。わたしが気になるものがあると、すぐにセドルさんは買おうとしてしまう。制止するのが大変だ。

 

 セドルさんは、後ろ歩きをしがら話しかけてくる。


 「そんなに遠慮しなくていいんだよ? じゃあ、せめてこれくらいは受け取ってよ」


 あ、これは、わたしがさっき手に取っていた葉っぱデザインの指輪だ。


 もう買っちゃったみたいだし、受けとらないと失礼だよね。わたしは手を伸ばして受け取る。


 さっそくつけてみる。

 やっぱり可愛い。


 ……嬉しいかも。

 「ありがとうございます」


 すると、セドルさんはおもむろに同じものをもう一つ出し、自分の指にはめた。


 え。


 これって、ペアリングなのかな。

 耳がカーッと熱くなってるのが自分でも分かる。


 わたしがモジモジしていると、手を取って引っ張られた。ふわっとわたしの身体は持ち上がる。


 凝り固まりかけた気持ちが少しだけ身軽になるようだった。


 そして、また並んで歩き出す。




 川縁かわべりでランチをする。

 セドルさんは、シートを敷くと、2人分のお弁当を広げた。


 お弁当箱を開けると、お肉を焼いたような芳ばしい匂いがした。お弁当はどこまでも普通で、いかにも手作りといった感じがする。美味しそう。


 これは、マリアーヌさんが作ってくれたらしい。さっそくお願いを聞いてくれたようで良かった。


 マリアーヌさんはケリーさんと各地を旅したことがあるから、料理をする機会も多かったのだろう。


 玉子焼きを食べてみる。


 うん。美味しい。

 気持ちがホカホカになるお母さんの味だ。


 セドルさんはどうかな……?

 よかった。美味しそうにバクバク食べている。


 喜んでくれているみたいだ。


 マリアーヌさんは実のお母さんじゃないから、本当は複雑な部分もあるかも知れない。


 けれど、やはりセドルさんの気持ちは大きい。


 わたしはきっとそうじゃないから、そういうのカッコいいと思う。




 そのあとは、川で水面に足をつけて並んで座った。足をブラブラして、水面にパシャパシャと波を立てる。


 セドルさんはこちらを見た。


 「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ。明日は、気楽にな。うちの両親はあんな感じだし」


 わたしは、なんとなくセドルさんの顔が見れなかった。

 

 「わたしも楽しかったです」


 わたしは、友達とおしゃべりしながら歩いたことなんてほとんどない。相手が男の子ならなおさらだ。


 ほんと、楽しかったな。

 

 すると、セドルさんは両手で私の肩を掴んだ。

 セドルさんの力で、わたしの両肩はすくむように持ち上がる。


 セドルさんは、正面からわたしの目を見つめる。


 どうしてだろう。

 自然にわたしの目は閉じた。


 すると。

 少しの間をおいて。



 チュッ。



 おでこにキスをされた。

 わたしはびっくりして額を押さえた。


 すると、セドルさんは口を綻ばせる。


 「それはトレーニング修了の証。びっくりした?」


 すごくびっくりした。

 頬が熱くなりすぎて、すこしクラクラする。

 

 セドルさんは畳み掛けてくる。

 「あ、少しは期待した? なら、本当に口にしようか?」


 「しなくていいですよーだ!」


 頬がプーッてなっているのが自分でも分かる。

 わたしは、立ち上がるとスタスタと歩き出した。


 すると、セドルさんが追いかけてくる。


 「まってよー」


 どうせ帰る方向は同じなのだ。

 待ってなんてあげない!!


 歩きながら考えてしまう。


 あの時、口にキスをされていたら、わたしは拒んだのかな。

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