第5話 2人目のお客様

 

 今日も店番をしている。

 外はポカポカで天気が良い。店の中もポカポカで眠くなる……。

 

 こうしていると、セイラの一件が遠い昔のようだ。


 セイラはあのあと村を出て、叔父さんの家に行った。しばらく生活のリズムを整えてから、またロコ村に戻ってくるとのことだった。



 お客さんも来ずに暇なので、セイラにもらった魔法書をパラパラとめくってみる。

 

 召喚魔法の定義の項で手が止まった。


 これによると召喚魔法とは、己の血液と魔力を贄として、一時的な従魔を召喚する術ということだった。

 理論的には魔力だけでも召喚が可能だが、長時間召喚し続けるためには膨大な魔力が必要になる。


 生まれつき魔力に恵まれた魔族ならまだしも、人間に真似できる芸当ではないらしい。

 そのため、少ない魔力で物資世界たるこの世に定着させるために、にえとしての血液が必要になるとのことだった。


 血の契約を交わした従魔とは、視覚や嗅覚といった感覚の共有ができる。


 大体は理解したので、さっそく実践してみることにした。サーチでコツを得たので、まずは目を閉じ召喚について具体的なイメージを膨らます。


 そして魔法書の手順に従って、地面にチョークで魔法陣を描く。

 

 次は血の贄だ。


 針を左人差し指に刺し血を出すのだが……。

 いざとなると怖い。


 目を閉じて勘で画鋲がびょうを刺したら、あたりが血だらけになってしまった。

 

 『後かお母さんに何か言われそう……』


 実験がうまくいったら従魔に掃除してもらおう。


 とりあえず準備が整ったので、魔力の循環の良い左手を前に突き出し、血の雫を魔法陣に一滴絞り落とす。


 そして、召喚の詠唱を始めた。

 


 「「星の煌めきに引き寄せられし小さき者よ。血の契りに応じ、ここに顕現せよ。五芒星の従魔(サモン•サーヴァント)」」

 


 すると、魔法陣に落ちた血液が光の塊になり、カエルのような形になっていく。

  

 ケロケロ……。

 顔の先端が尖った小さなカエルが召喚された。


 『雨蛙の方が可愛いかも。従魔っていってたけれど、そもそも話を理解できるのかな……』


 さっそくカエルに命令をしてみる。

 「そこの血の汚れを掃除して」


 カエルは血溜まりの近くに行ったが、何もせずにじっとしている。

 

 難しい命令はできないのかもしれない。


 では、感覚の共有はどうだろう。

 目を閉じて意識を集中する。


 すると、ぼやけてはいるが、カエルが見たものの映像が頭の中に浮かんできた。


 ぼやけているのは、カエルの視力の問題かな。

 でも、うまく使えば便利かも。


 実験もまずまずの成果を収めたので、魔法書の注意書きに目を通す。


 それによると、この魔法は、複数の従魔を同時に召喚も可能だが、能力の限界を超えると、使用者の脳に著しい後遺症を残す恐れがあるので注意しましょう、とのことだった。


 こ、これは気をつけないとね。

 

 そうこうしていると。

 

 カラン。


 店の扉が開く音だ。

 今日はまだ数回しかこの音を聞いていないよ。

 

 「うちの店は大丈夫なのかな……」


 音の主は恰幅の良い中年の男性だった。カウンターに真っ直ぐ向かってくる。


 「何でも屋はここですか? 私、不動産屋をしているものなんですが、なかなか家を決めてくれないお客さんがいまして。どうにかしてくれませんか?」


 正直なところ、家選びの問題を、わたしがどうにかできる気はしない。だけれど、駆け出しの何でも屋としては、どんな仕事も引き受けたい。


 ちょっと悩んだが引き受けることにした。


 不動産屋さんは自己紹介をする。


 「わたくし、ロゼルの街で不動産の仕事をしているデルと申します。今回のお客様には、ほとほと困っていまして。ご予算は多いのに、なかなか決まらないんです」

 

 ……わたしにどうしろというんだ。


 「わたしを訪ねてきたということは、わたしに何か手伝えることがあるんですか?」


 「はい。それはもう。あなたにしかできないことです。実は、そのお客様にお嬢さんがいまして。ようやく決まるかと思っても、そのお嬢さんがなかなか賛成してくれないんです。熱心に説明していたら、そのうち、私のことを怖がるようになってしまいましてね」


 「それがわたしとどういう関係が?」


 「はい。何でもお嬢さんのお友達という方が、こちらの何でも屋を推薦すいせんしたらしくて。すごく親切で魔法で助けてくれる、と。それでそのお嬢さんのご指名なのです。きっと、あなたのお話でしたら、ちゃんと聞いてくれると思うんです」


 ああ、きっとセイラの紹介か。

 いきなりのクチコミとは。


 これは責任重大だ。

 わたしは依頼を引き受けることにした。

 

 明日の午後に、次の物件の内見があるとのことで同行させてもらうことになった。



 次の日の昼過ぎになり、待ち合わせ場所に行く。すると、既にデルさんと、お客さんと思われる3人の家族がいた。


 デルさんが紹介してくれる。


 「こちらは、ソフィアさん。例の何でも屋さんです。そちらはソイルご夫婦とお嬢さんのリンさんです。今回は、ここロコ村での家探しを手伝ってもらえることになりました」


 娘さんは、ちょっと人見知りな印象だった。

 色褪せたカエルのぬいぐるみを抱きしめると、お母さんの陰に隠れてしまった。


 早速、一軒目を見にいく。


 石づくりの立派な家だ。正直、ここロコ村には場違いなくらいの豪邸だと思う。家に入ると、石ばりの立派な廊下と螺旋らせん階段が見える。


 普通なら何の不満もないような家だ。


 ソイル家のご主人は気に入っている様子だが、奥様はパントリーがないことを気に入らないらしい。


 そのうち口喧嘩がはじまった。

 ご主人は不機嫌そうな顔をしている。


 「パントリーって。どうせお前は料理なんてしないじゃないか」


 「は? なに言ってるのよ。あなたこそ、いつも家にいないんだからどんな家でもいいじゃない。あ、彼女と別の家があるんでしたっけ? いいご身分ですよね。うちはたまに帰る別荘みたいなもんですか?」

 

 その様子を見ていた娘さんの口元が歪む。

 そして、お父さんに耳打ちをした。


 「すみません。娘がお化けが出そうで怖いって言っていまして、次の家をお願いできませんか?」


 ……なるほど。

 

 この調子でずっと決まらないのか。

 なんでデルさんがあんなに困っていたのか分かった気がする。


 次の家は奥様は気に入ったようだが、ご主人は書斎がないと不満を漏らす。そして、理由はわからないが、リンちゃんも気に入らないらしい。


 その次も。

 その次の次も。


 同じようにご夫妻のどちらかか、リンちゃんが反対して決まらない。

 

 かれこれ9軒ほど見たが、一向に決まる様子がない。


 ちょっとリセットが必要かな。

 デルさんにお願いして、少し休憩時間を取ることにした。


 リンちゃんは、下を向き、カエルのぬいぐるみを抱きしめている。尖った上唇は、傷ついた心を隠すように下唇を覆っている。


 きっと両親の喧嘩を毎日のように見ているのであろう。


 リンちゃんを連れ出し一緒に散歩することにした。


 そして、覚えたての魔法を披露する。

 


 「「五芒星の従者(サモンサーヴァント)」」

 


 すると、地面に描いた魔法陣からカエルが出現する。

 何度も手に針を刺すのには抵抗があったので、今回は魔力だけでの召喚だ。


 ケロ……。


 贄がないので、一瞬で消えてしまった。

 しかし、リンちゃんの表情はパアッと明るくなった。


 そして、小さな歯を覗かせる口を懸命に開き、ポツリポツリと話し出した。

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