第6話 2人目のお客様(後編)
2人で足をブラブラさせ、足先から落ちる塵を眺める。
塵はパラパラと水面におち、オレンジ色の水紋になって沈んでいく。
わたしから切り出した。
「リンちゃんは、カエルが好きなの?」
「うん。昔住んでいたお家。川が近くにあって。雨季になるとカエルが鳴いててね。ケロケロケロって大合唱。小さなお家だったんだけどね。
お父さんもお母さんも仲良くて。今とは違っていつも家族が一緒にいて。ケーキも誕生日の時しか食べれなかったけど、楽しかったなぁ」
わたしは自分の家族を思い浮かべた。
うち両親は貧乏だけど仲良しだ。店に客は来ないしお金もないけれど、いつもニコニコしている。
それを見ていると、わたしも心の中がニコニコになって幸せな気分になる。
もし、お金があっても、両親が毎日喧嘩していたら、イヤだと思う。
リンちゃんは、きっと、毎日そんな思いをしているんだ。
お金持ちになって、美味しいものが好きなだけ食べられるようになっても、ニコニコじゃないと美味しくないよ。
じゃあ、どうしたらいいだろう。
きっと、小さな家じゃご夫妻は満足しない。
だけれど、たとえ広くても家族がバラバラになってしまう家は、リンちゃんが悲しむ。
リンちゃんをご夫妻のもとに帰し、不動産屋のデルさんと相談する。わたしが要望を伝えると、デルさんは驚いた顔をした。
「時間的に次の一軒で最後になります。ほんとうにそんな家で大丈夫なのでしょうか……」
「大丈夫です。ただ豪華で大きな家を紹介しても、永遠に決まらないと思います」
デルさんは、手元の資料で次の内見候補を決めたが、やはり不安を隠せない。
「……本当にこんな家で大丈夫なんでしょうか。ここは、もう何件も内見を断られている家ですよ。変なところに階段があるって言われちゃうんです」
デルさんはソイル夫妻を家まで案内し、わたしは先回りして夫妻を迎える下準備をする。
歩いて5分程で10軒目の内見先に着いた。
そこは、川沿いにある家で決して立地がいいとは言えない。外観も平凡な木造の白壁で、板貼り屋根のお世辞にも豪華とはいえない造りだった。
扉の前で、立地と外観を確認する夫妻。2人とも眉間に皺を寄せて、露骨に険しい顔をしている。
奥さんは、予算はあるのになんでこんな家と、独り言のように呟いた。
ご主人にいたっては、デルさんに面と向かって「今日の中で最低の家だ」と詰め寄っている。
デルさんは、説得に必死だ。
「せっかくここまで来たのだから、せめて中をご覧になってください」と食い下がっている。
その甲斐あって、2人は家の中を見るだけならと了承してくれた。
家の中に入る。
すると、悪い意味で期待を裏切らない、外観通りの家だった。意外だったのはセンター階段なことくらいか。もちろん、パントリーも書斎もない。
ご夫妻が、ここを気にいる訳がなかった。
案の定、すぐに責任転嫁の口喧嘩が始まった。
デルさんはオロオロしている。
リンちゃんは、リビングから水が流れる音に気づいて窓に駆け寄った。窓を覗くと、すぐ外に川が流れていた。
ご夫妻は口を揃えて「こんな川のそばの家。娘が1人の時に洪水になったらどうするんだ」とデルさんを責めている。
わたしは、目を閉じて呼吸を整える。
目の前の魔法陣にポタポタと血を流すと、詠唱を始めた。
「「……星の煌めきに引き寄せられし小さき者よ。血の契りに応じ、ここに顕現せよ。五芒星の従魔たち(サモンサーヴァント)」」
複数の召喚は初めてだったが、うまくいった。10匹程のカエルを召喚できたようだ。
しかし、脳にかかる負荷は相当なもので、すさまじい頭痛がする。長時間続けられそうにない。
今一度、精神を集中し、小さな従魔達を制御する。
すると。
ケロ。
ケロケロ。
ケロケロ。ケロケロケロ。
カエルの大合唱がはじまった。
リンちゃんは目を輝かせ、夫妻を呼び寄せる。
「パパ! ママ! カエルさんの大合唱だよ!! わたしこの家がいい!!」
ソイル夫妻は、顔を見合わせる。
「こんな季節にカエルなんて。でも、懐かしいな。前は夏になるとカエルがうるさいくらいに鳴いてたっけ。楽しかったあのころが懐かしいよ」
夫妻は目を合わせると、少し照れくさそうに笑った。
ここでデルさんが、すかさず物件の説明を始める。
「この家は、センター裏に階段がある希少な物件です。玄関に入ると、建物中央の階段まで回り込まないと上の階にいけません。そして、回り込んだ先にはキッチンとリビングがある。
つまり、自然に毎日、家族が顔を合わせられる家なんです。パントリーや書斎はありませんが、その分、リビングが広く、リビングで色々なことができるようになっています」
最後に一呼吸おいて声を張り上げる。
がんばれ、デルさん。
「ご家族がずっと幸せでいて欲しい、という想いが詰まった家なんです。こちらはいかがでしょうか?」
すると、ご主人が明るい表情をする。
「デルさん。こんないい物件があるなら、最初に紹介してくださいよ。な、ママ、リン。みんなこの家でいいよな?」
満場一致で、この家に決まった。
ソイルご家族の笑顔を見ていると、わたしもなんだか嬉しい気持ちになった。
別れ際、リンちゃんはぬいぐるみの右手をもってバイバイをしてくれた。その口元はニコニコで、生えかけの白い歯が見えていた。
後日、デルさんが約束の報酬をもってきてくれた。
「これは、隣の部屋の匂いを嗅ぐ魔法です。お約束の報酬です。あのご家族は、あの家を大層気に入り、早く引っ越しするための計画をたてていますよ。
今回のことで、お客さんのオーダー通りがベストとは限らない。お客さんに一番いい家を考え、ご提案するのがプロの仕事だ、と久しぶりに思い出させてもらいました。
本当にありがとうございました。今更ですが、お客さんに喜んでもらえると嬉しいものですね」
そういうとデルさんは、店を出て行った。
わたしは、お店の外に出て、手を振って見送った。
早速、魔法書をパラパラとめくる。
隣の部屋の匂いを嗅ぐ魔法を使うには、隣の部屋に人がいる必要があるらしい。
さらに魔法書を読み込む。
すると、どうやら、この魔法の本質は、嗅覚の共有にあるようだった。
であれば、逆にこちらから匂いを送ることもできそうだ。
さらに言えば、原理的には、過去の嗅覚的な記憶のやり取りも可能なのでは? と気づいてしまった。
より紐解いていけば、過去の嗅覚。
さらには、痛覚や視覚も送れるのかも知れない。
その証拠に、この魔法の簡略詠唱は、ペンタグラム•セン……、そこまで考えたところで。
なにかの深淵を覗いてしまいそうで、空恐ろしい気分になった。
『これ以上は、必要になった時に考えよう』
わたしはパタンと本を閉じた。
後日、リンちゃんから手紙が届いた。
「この前はありがとう。あれからパパとママは仲良くなって、いつも2人でデートしてるよ。少し寂しいけれど3人でいるときも仲良くて嬉しい。本当にありがとう」
……良かった。
わたしの魔法、ちょっとはお役に立てたのかな。
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