第28話 思い出を抱えた家
いっそのこと、『猫の依頼で家を修理するか引っ越して欲しい』と言ってしまいたいけれど……。
だけれど、依頼自体がわたしの思い込みかもしれない。
とにかく、まずは、この女性に話を聞いてみよう。
わたしは、心の中で右往左往している自分が漏れ出さないように、努めて落ち着いた声色で答えた。
「勝手に入ってすみません。わたしは、池の近くで何でも屋をしているソフィアといいます。この猫ちゃんはあなたが飼ってるんですか?」
女性は腕を組んで、わたしに近づくと、上から見下ろすような体勢になった。
「ほんと、勝手に人の家に入るって非常識だと思うよ? まぁ、この家には盗るものなんてないけどね。わたしはイヴっていうよ」
なんだか怖い。
肺の空気が抜けてしまったようだ。息苦しい。
ほんとうにわたしは……。
勝手に家に入ってしまったことに引け目を感じ、いつのまにか、わたしはうつむいてしまっていた。
「はい。すみません……。実はこの猫ちゃんに大切なものを取られてしまいまして。後を追ってこの家の中に入ってしまったんです」
そういって、わたしは、ポケットから、ブラを少しだけ引き出して見せる。
すると、イヴさんは、少しわたしから離れると、気まずそうに右手のひらで額から頬にかけて撫で回しながら、こちらを見た。
「ちょ。ごめん〜。ミケ、あ、この子の名前ね。非常識なのはこっちだったね。ごめん。それにしても、この子、何故か赤いものが大好きでさ。それで取っちゃったんだと思う。赤いものに目がないって、姉貴そっくりだよ」
え。
この人、姉妹いるんだ。
「姉貴? お姉さんがいるんですか?」
すると、イヴさんは表情をこわばらせ、声のトーンを下げた。
「……うん。今はもういないんだけれどね。まぁ、そんなこんなで、わたしは天涯孤独ってわけ。ん?、あ、お前がいたね」
ミケの方を見る。
ミケは「ゔー」と言いながら、目を吊り上げイヴさんのズボンの裾を引っ張っている。イヴさんは、ミケの頭をなでた。
「ボロだけど、家族との思い出が詰まってるからね。わたしは絶対に売ったりするつもりはないんだ」
イヴさんは口調こそ穏やかだけれど。
ここで見ず知らずのわたしが引っ越して欲しいと言ったって聞いてくれるわけがない。何かしらの根拠を示さないと。
わたしはイヴさんを柱の裏に連れていく。そして、ちょっとだけ声を明るくして、柱を指差した。
「ここ見てください。シロアリで脆くなってるんですよ」
イヴさんは覗き込むように前屈みになると、髪をかき上げ顎に手を添える。
「うーん。たしかにね。でも、わたし引っ越すつもりないから」
やはり、全然聞く耳をもってくれない。それどこか、気づけば、不審者をみるような目でわたしをジロジロと見ているぞ。
何をこんなに警戒しているのだろう。イヴさんは、声を硬くしてわたしに聞いた。
「もしかして、あんた、あいつらの仲間?」
あいつらって誰だよ。
しまった、今、わたし不機嫌な顔してたかも。
イヴさんは、床のどこかの一点を見つめている。そんなわたしの心配を気にかける様子はなかった。
「実は最近、この家を売って欲しいとしつこい人がいてね。そいつらの仲間かと思ったんだ」
なるほど。わたしは、心の中で拳で手のひらを打った。
うーん。どうしていいかわからない。
当人のミケは話せないし。
「ちょっと失礼します。あとで、また来ます」
そう言い残し、逃げるようにミケの家をでた。
わたしは自分の家に走る。
そろそろ、お母さんが帰ってきてる時間だし、エマかスージーがいるかも知れない。
お願い誰かいて。
家の扉の前にたつ。
毎日通ってる扉なのに、なんだか心細くて胸を押さえたくなる。
一息つくと、ゆっくり扉をあけた。
すると、お母さん、エマ、スージーが一斉にわたしを振り返った。
「おかえり〜」
よかった。みんないてくれた。
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