第29話 姉貴

 

 よかった皆いた。


 わたしは、事情を説明する。

 ミケのこと。イヴさんのこと。シロアリのこと。


 すると、頷きながら聞いていたエマが手をあげた。

 

 「そのイヴさんに、ちゃんと危ないって説明できればいいんじゃない?」


 「でも、シロアリを見せてもダメだったんだよ?」


 スージーも手をあげる。


 「だからさ。ちゃんと第三者に調べてもらうとか……」


 うーん。建物に詳しい第三者……。


 お母さんはずっと黙って聞いてたが、椅子から腰を浮かせると、口を開けて何か言いたそうにしている。


 わたしはビシッとお母さんを指差して指名した。


 「ソフィアちゃん、この前、不動産屋さんの依頼うけてたよね? その人にお願いしてみたら?」


 そっか。デルさんなら、詳しい人を紹介してくれたりするかも知れない。だけれど、デルさんがいるのって、ロゼルの街だよ。

 

 手紙を書いても何日もかかるかもしれないし。

 ロゼルまでの道は治安が良くないから、わたしがいけるとも思えない。


 すると、スージーが元気に手をあげる、何かを閃いたようだ。


 「ソフィア。デルさんって白髪混じりで小太りのおじさん? だったら、学校の寮も斡旋しているから、よく学校に出入りしているよ」


 『ええっ、そうなんだ』


 スージーは続ける。


 「アタシ、明日学校で聞いてみるよ」


 よかった。今はお友達が手伝ってくれる。

 前のわたしだったら、1人で考えちゃって何もできなかったと思う。



 それから数日後。

 スージーから話を聞いたデルさんが尋ねてきてくれた。


 「……スージーさんから話は聞きました。是非、お手伝いさせてください。そのかわり、また何かあったら宜しくお願いしますね」


 デルさんと一緒に、ミケの家に行く。



 トントン。

 ノックすると、イヴさんが扉の中から低めの声をあげる。


 「……だれ?」


 「わたしです。ソフィアです」


 伏せ目がちにでてきたイヴさんは、わたしと目が合うと眉をあげ声のトーンを上げた。


 「この前はごめんね〜。あれから、ミケに怒られちゃってさ〜」


 よかった。今回は話を聞いてくれそうだ。


 わたしは、デルさんを紹介してさっそく問題の柱を見てもらう。


 デルさんは顎を右手で押さえると、目を細めて柱の周りをぐるりとする。


 「私は設計もするんですが、とても良くないですね。現状では。暴風などでいつ倒壊してもおかしくないです。早急に対策なさった方がいいですよ」


 イヴさんが聞き返す。

 「対策って?」


 すると、デルさんは咳払いをして、柱を指差しながら答えた。

 

 「柱の補強か、建て替えですね。補強なさるなら、他の柱も食われないように虫対策もした方がいいですよ」


 イヴさんは、数秒考え込んだ。

 そして、肩を落として答える。


 「柱を直すようなお金はないです。建て替えるにしても、わたしはこの家から離れたくない……」


 やはり、家から離れるのはイヤみたいだ。

 デルさんには、お礼を言って先に帰ってもらった。


 わたしはイヴさんともう少し話すことにした。


 ミケは……、お行儀よく前足を揃えてちょこんと座っている。こちらを見ている目は、こころなしか寂しげに見えた。


 猫って、表情が豊かだなと思った。

 わたしは思い切ってイヴさんに聞いてみる。

 

 「ご家族との思い出の家ということは分かるんですが、しばらく他で住むとか。もし、行くところがなければ、わたしの家に来てください」


 イヴさんは笑顔を作る。


 「ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいよ。でも、わたしが居なくなったら、この家はきっと、あいつらに乗っ取られてしまう。それに補修するとしても、お金を貯めるのに何ヶ月かかるやら」


 たしかに家を離れたら、ここを狙っている人の思う壺なのかもしれない。でも、なにか腑に落ちない。

  

 イヴさんがこの家に執着する理由が他にもある気がする。前にイヴさんが濁したことをやはり聞かないとか。


 途端に唇が重く感じる。フードの端をいじっていた手を止めて、質問する。


 「あの。お姉さんは、どうして亡くなってしまったんですか? ……ごめんなさい」


 イヴさんは、顔を伏せて呼吸が荒くなる。

 息遣いで肩が震えているように見えた。


 「姉貴は……、街で貴族の爺さんに一方的に見染められてね。きっと、わたしのためにかな。メイドとして働きに出たんだ」


 なんだか嫌な予感がして、わたしは両肘を抱える。イヴさんは声のトーンをさらに落とすと、眉間に皺を寄せる。


 「今だからわかる。ていのいい愛人だよね。姉貴は日に日にやつれていった。でも、わたしが心配すると、笑顔で『大切にされている』って答えるんだ」


 なんだか聞いていられない。


 「うん……」


 「でもさ、きっと酷い扱いを受けてたんだと思う。あの爺さんが姉貴の肌に触れたのかと思うと、吐き気がするよ。んで、ある時、姉貴は亡くなってしまった。その時の状況は。ごめん、話したくない」


 わたしは話を聞いているうちに気持ち悪くなった。ひどいよ。世の中には、そんなひどい人がいるのか。


 イヴさんは続ける。


 「姉貴がなくなったあと、幾ばくかのお見舞金だけが送られてきてそれっきり。労いの言葉すらなかった。でも、わたしはお見舞金をみて思ったね。ああ、やっばぱりそういうことなんだって」

 

 身体中がそぞっとして、毛が逆立つのを感じる。わたしは前ボタンを握る。そして、質問した。


 「……そのお爺さんに復讐したいですか?」

 

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