第30話 ミケ
イヴさんの答えを待って固唾をのむ。もし、復讐したいと言われたら、わたしはどうするのだ。
イヴさんの話しを聞いているときに、心の中が仄暗くなるのを感じた。きっと、わたしは復讐すべきだと思っている。
その仄暗い衝動は、わたしの身体の中を這いずり回って、誰かが背中をぽんっと押してくれるのを待っているのだ。
イヴさんが口を開く。
所在なさげに視線を泳がせ、右手で左手の二の腕のあたりを押さえている。
「復讐したいという気持ちが全くないと言ったら嘘だよ。でも、そういうことは姉貴も望んでいないと思う。だからその気はないんだ」
そっか。
どこかで安堵している自分がいることを感じた。
おばあちゃんに祠の中で言われた通りだ。
魔術師は、きっと、この仄暗い衝動とずっと付き合っていくのだろう。
わたしでさえも、その気になれば、きっと人を殺せてしまう。だから、襟元をただし、常に気を引き締めないといけない。
『魔に囚われるな』
自分に言い聞かせながら。
魔に支配されてはいけない。魔を従えるのだ。
わたしは、この力をみんなを守ることに使いたい。だけれど、相手が明確な殺意をむけてきたら?
殺意には殺意で対抗しなければいけない時があるのではないか?
わたしの周りの大切な人にその殺意が向けられたら?
その時、わたしはどうしたら良いのだろう。
そんなことを考えていると、イヴさんが言葉を続けた。
「わたしね、姉貴のことを最初に知った時、許せないと思ったんだ。でもね、わたしが思い詰めているとミケが悲しそうな顔をするんだよ」
確かに、ミケは……。
今もイヴさんに寄り添い、瞳孔を広げ髭を下げている。
心細そうだ。
イヴさんは続ける。
「だからせめて。姉貴が大切にしていたこの家と店だけは、絶対に守りたいんだ」
この決意を変えるのは難しそうだ。
だけれど、そうこうしているうちに、この家は倒壊してしまうかもしれない。
どうしよう。
……やはり、これしかないか。
「ミャー」
ミケがわたしの足下に擦り寄ってくる。
わたしはミケの頭を撫でる。
そして、心の中で謝る。
『ごめんね、ミケ。あなたの存在を貸してね」
わたしは、家に帰ると夕食を食べ、さっき魔女について考えたことをお母さんに相談する。
「もし、相手がわたしやわたしの大切な人の命を狙ってたら、わたしはどうしたらいいのかな。魔法を相手を傷つけることに使ってもいいのかな、ってわからなくなっちゃった」
すると、お母さんは、塩の小瓶を取りながら、横目でわたしを見て返事をした。
「守りたいんでしょ。なら、魔法で直接に守ればいいじゃない?」
「え」
そんなことを考えたこともなかった。
防御魔法というのは知っている。でも、後手で実用性に乏しいものらしいのだ。
『防御魔法か……』
わたしは続ける。
「じゃあさ、大切な人を守るために嘘をつかないといけないとしたら?」
すると、お母さんは、食事の手を止めてフォークをテーブルに置いた。
そして、わたしを真っ直ぐ見る。
「決まってるでしょ。必要なら嘘をついてでも守りなさい」
「でも、嫌な気持ちになるし、相手に嫌われちゃうかも?」
「嫌な気持ちは何に対してだと思う? 相手のためなのかな?」
お母さんは口を綻ばせ、続けた。
「……いい? こういうのには正解はないの。あなたが相手のためを思って決めることが大切なのよ」
……わたしは何に対して嫌なんだろう。
嘘つきな自分になるのが嫌なんだろうか。
だったら、それは、ただの独りよがりなのかもしれない。
そうだよね。
わたしにとって一番大切なことは……。
夕食を終えると、わたしは外に出てミケの家に向かった。
玄関先につくと、ミケがお迎えしてくれた。
「ミケ。あなたの力を貸してね」
するも、ミケは目をまん丸にして擦り寄ってくる。
玄関は鍵が閉まっていた。
……もしかしたら開いてるかと思ったんだけれど、やはりダメか。
すると、ミケがついてこいとばかりに尻尾とヒゲをピンと立てて、振り返りながら先導するように歩く。そのままついていくと、ミケが出入りしている通路のようなものがあった。
わたしは身をよじらせ、そこから中に入った。
そして、イヴさんの寝室までいく。
これからすることで、イヴさんに嫌われてしまうかも知れない。だけれど、イヴさんを助け、ミケの願いを叶えるにはこれしかない。
イヴさんはよく寝ている。
年上なのに、寝顔は幼く見えた。
「姉貴……」
寝言かな。
わたしはイヴさんの額に手を当てる。
そして詠唱した。
「「魂の求めし幻影よ。夢に
夢見の精神干渉魔法。
スージーに使ってから、改良を重ねて、夢の内容をある程度は操作できるようになった。
精度を上げたいので、省略せずに詠唱する。
イヴさんの額に、わたしのイメージを込めた小さな五芒星が現れ、そして頭の中に吸収させるように消えていく。
夢に干渉する魔法といっても万能ではない。わたしにできることは、あくまで潜在的な意識を、強めたり弱めたりすることなのだ。だから、まったく願望も認識もない突拍子のない夢を見せることはできない。
うまくいくかは、イヴさんが、デルさんやわたしの話をどれだけ真剣に聞いてくれたか、それと、イヴさんとミケとの関係性次第だ。
わたしは、うまく行くことを願って、イヴさんの家を後にした。
見送ってくれたミケの姿が、小さく寂しそうだった。
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