第31話 6人目のお客様(後編)
わたしは家に帰ってベッドに潜る。
うまくいくといいんだけれど……。
うまくいったとして、イヴさんの家のことはどうしよう。
イヴさんは、あの家を狙っている人がいるって言っていた。
その対策も考えないといけない。
次の日の朝。
イヴさんが訪ねてきた。
「ソフィアさん! わたし、あの家から引っ越すよ。昨日、夢を見てね。ミケが姉貴の生まれ変わりなんだよ。そして、涙を流して、すごくわたしのことを心配してた。家よりも、わたしのことが大切って」
夢見の魔法はうまくいったみたいだ。
なんか少し胸が痛いけれど。
「にゃん」
だけれど、ミケは嬉しそうにしている。
猫って、外はあまり好きじゃないイメージがあるけれど、意外。
「イヴさん、家を出て、いくあてはあるんですか?」
「それが困っててね。どうしようかなーって。ミケもいるし、お金もないし」
「よければ、しばらくうちにきませんか? お母さんも良いって言ってくれてるし、部屋も余ってるので。ミケも大丈夫です」
「ほんと? ありがとー!! 助かる」
イヴさんはしばらくの間、住み込みでうちにきてくれることになった。
お母さんにイヴさんとミケを紹介して、午後は、一緒にイヴさんの家に荷物を取りに行く。
(ドンッ!!)
歩いていると、突然、地面が揺れて大きな音がした。音がしたのはイヴさんの家の方角だ。砂埃が上がっている。
わたし達は走った。
そして、家の前までついた時。
そこにあったのは、2階の床が抜けて半壊しているイヴさんの家だった。
埃が舞い上がり、パラパラと木屑が落ちてくる。
イヴさんは、その様子を見ると家の前で座り込んでしまった。
肩を落とし茫然自失としていたが、しばらくして立ち上がる。
パンパンと埃を払うと、こちらを向いた。
そして、頑張って口角を上げて「ありがとう」と言った。
本当に間一髪だった。
あのままイヴさんがここに居たら、と思うと、想像しただけでも胸が押しつぶされそうになる。
幸い、引っ越しの荷物は事前にまとめていたらしく、荷物の搬出に困ることはなかった。
帰り道、2人で荷物を持って歩く。
イヴさんは、落ち込んでいるはずだけれど、声のトーンは明くて、元気に振る舞っているように見えた。
イヴさんは、魔法書を差し出した。
「これ。ソフィアちゃんがこの前見つけたやつ。私にできるお礼ってこれくらいしかないから、よかったら受け取って」
羊皮紙の表紙には「動物と話せる魔法」と書いてある。イヴさんに気を使わせてしまうか……。わたしは受け取って良いものか迷ったが、受け取ることにした。
イヴさんには、2階のわたしの向かいの部屋を使ってもらうことにした。以前に、お父さんが書斎として使っていた部屋だ。
荷解きもひと段落して、みんなで一緒に夕食をとる。
イヴさんは、手際がよく働き者なので、お母さんも喜んでくれた。
それから、2週間ほどが過ぎた、ある満月の夜。
夜中に寝ていると何かヒヤリとしたものが額に当たった。目を開けると、ミケが肉球でわたしの顔をペタペタしていた。
『お腹が空いたのかな?』と思って、餌をあげようと立ち上がると、ミケはわたしの服の裾を噛んで引っ張る。
そのまま、イヴさんの部屋まで誘導された。
イヴさんは熟睡している。
今度は、眠りを確認するようにイヴさんの額をちょいちょっと肉球で触る。
そして、ミケは窓の額縁に飛び移った。
窓の向こうには満月が輝いている。
ミケのシルエットが影絵のように見えて美しい。
ミケは、前足を揃えてお行儀よく座り直すと、こちらを向く。
漆黒のシルエットの中に2つの目が青く輝いていて宝石のようだ。
すると、ミケは。
「ありがとう」
と言った。
……いや、言った気がしただけかもしれない。
わたしは驚き、ミケに聞き返すが、ミケは何も答えなかった。
あれっ。
頭がもぞもぞすると思ったら、わたしも猫耳が生えちゃってる。魔法は使っていないのになぁ。
しばらくすると、ミケはいつも通りに「にゃーん」と言って、どこかに行ってしまった。
次の日、イヴさんが『ミケの様子がおかしい』と心配そうにしていた。前まで大好きだった赤色に反応しなくなってしまったらしい。
イヴさんは、ミケの頭を撫でていたが、ミケは関心がない様子だった。
わたしも例の赤いブラを見せてみるが、ミケの反応は薄かった。心なしか、前ほど人懐っこくもないような……。
その日以降、ミケが赤い物を持ち去ったり、誰かの裾を引っ張って、どこかに連て行くことはなくなった。
次の終末、久しぶりにセドル君が遊びにきた。
近況を聞かれたので、イヴさんの依頼のことを話す。
猫に赤い衣類を咥えられて、追いかけたこと。
イヴさんの家が壊れてしまったこと。
「イヴさんの家を狙ってる人がいるみたいで、家を離れている間にどうなってしまうか心配で……」
すると、セドル君は、ハァと軽くため息をついた。
「君はいつも人の心配ばかりだね……。イヴさんは、いずれ、その家を建て直すつもりなんだよね? じゃあ、わかった。その家は一時的に王家で預かるよ。そうしたら、誰も手出しはできないだろう? 必要になったら、買い戻してもらえばいい」
わたしが『そんなことまで頼めない』というと、セドル君は、またため息をついて顔を左右に振った。
「うちの両親の件、本当に助かったと思ってるんだ。そのお返しと思ってくれたらいい」
悩んだが、他に解決策がないように思えたので、お言葉に甘えることにした。
本当に助かる。
ありがとう。
……今回も周りの人に助けられてばかりだった。相変わらず、わたしは1人じゃなにもできない。
わたしがそんなことを考えていると、セドル君は首を傾げて呟いた。
「そういえば、さっきの話に違和感を感じたんだ。……たしか猫は赤色が見えないハズなんだけれど、その話だと見えていたってことだよね。不思議だ」
え、そうなの?
だって、ミケは赤色が大好きだし、イヴさんのために、わたしを迎えに家まで来たりしたよ。
本当に不思議だ。
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