第32話 7人目のお客様
あの後、イヴさんはデルさんの不動産の仕事を手伝うようになった。家への思い入れが強いイヴさんには思うところがあったらしい。
イヴさんは、まだウチで住み込みをしてくれているが、お金がたまったら、いずれ出ていくとのことだ。
前はわたしとお母さんの生活が普通だったのだけれど、イヴさんが居なくなってしまったら、きっと、寂しいのだろうな。
今日はわたし1人で店番をしている。
すると。
カラン……。
扉が開いて、パン屋のおじさんが入ってきた。
お母さんに用事かな?
「すみません、お母さんは今出かけて……」
「いやいや、今日はソフィアちゃんに用事があってきたんだよ」
どうやら、何でも屋に用事できてくれたらしい。
パン屋のケンさんは、いつもニコニコしている小太りのおじさんだ。身長はわたしより少し大きいくらいで、頭もツルンとしているけれど、それが笑顔とマッチしていて、いかにも優しそうな雰囲気を出している。
そんなケンさんだが、カウンターの椅子に腰掛けると、両肘をテーブルにつく。眉間に皺を寄せると、神妙な表情になって、大きく、ため息をついた。
「実はね。うちの妻とは再婚なんだけれどね。お互いの子供同士が仲悪いんだ。それで、どうにかできないかなって……」
お子さんって、小さな子供なのかな?
そんなわたしの心中を察したように、ケンさんは続ける。
「子供は16歳と13歳でね。そんなの放っておけって思うかもしれないけれど、事あるごとに揉めるのは、見ていて疲れるし、辛いんだよ」
『わたしと同じくらいの歳か……。もし、お母さんがいきなり知らない人を連れてきて、今日からこの人は貴女の家族って言われたら……』
想像しただけで、胸の中がささくれ立ってゾワゾワするのを感じる。
きっと、お母さんの気持ちを考えれば、新しい家族と仲良くしたいのに、実際には、うまく接することはできないと思う。
想像しただけでそうなのだ。実際なら余計に難しいだろう。
わたしは言葉を添えた。
「それは辛いですよね。ケンさんの気持ちもお子さんの気持ちも、わかります」
「そう言ってくれて良かった。ソフィアちゃんなら、子供たちと年齢が近いから、うまくやってくれるかなって思ってね」
コミュ障のわたしが、うまく立ち回れるとは思えないけれど……。
「報酬は魔法書ですが、ご用意できますか?」
「あぁ、それね。祖母の遺品に魔法書があってね。なんでも価値のある物らしいけれど」
そういうと、ケンさんは古そうな魔法書を差し出した。
わたしは片手で本を受け取ってしまい、不意な重量感に前のめりになってしまった。相当に古くて分厚い本だ。
右手で本の埃を払うと、辺りに埃が舞い上がった。
羊皮紙の表紙には古代文字と思われるの刻印があり、背表紙には『一瞬先の未来を見る魔法』と書いてあった。
時を操る魔法。もしくは、予測する魔法。
どちらであっても、現存の魔法体系には残っていない系統の魔法だ。きっと、魔法学者たちが喉から手が出るほど欲しがるような代物だと思う。
わたしはケンさんに本を返そうとした。
「これ、とんでもなく価値があるのでは? こんなの頂けません」
すると、ケンさんは本を押し返してきて、結局、わたしはまた本を左手に抱えている。
「いいのいいの。こんなのわたしが持ってても宝の持ち腐れだしね。祖母もね。昔に行き倒れている人を助けたら、お礼にタダでもらったらしいし」
いや、とんでもなく興味はあるのだ。
すごい報酬の依頼になってしまった。逆に考えれば、こんなものをくれるくらいに困っていると言うことだろう。これは頑張らないと。
わたしは引き受け、ケンさんの家に行く。
ケンさんの家まで、徒歩5分程だった。道すがらケンさんが細かい事情を教えてくれたが、わたしは上の空だった。
だって。時を操る魔法だよ?
一瞬ってどれくらい?
どんな仕組みなの?
気になりすぎる。
ケンさんの家の前についた。
ちょっと緊張してきた。
ケンさんが扉を開けると、さっそく女の子と男の子が激しく言い合う声が耳に飛び込んでくる。
わたしは頭の奥がズキンと痛くなって、回れ右をして帰りたくなった。
……報酬に目が眩んでしまったけれど、これは大変な依頼を引き受けてしまったかもしれない。
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