第10話 3人目のお客様(中編)

 その日の深夜。

 わたしは、まだ旅支度が終わっていない。


 引きこもりのわたしにとって、明日からの旅は生まれて初めてかもしれない一大事であった。


 アレもコレも必要かもしれない。

 あっ、ソレもソレもきっと必要だ。


 神殿までは、3日くらいかかるらしい。


 だったら、コレとコレも必要かな。

 ええと、靴下は……。

 6日間の3回分で、18足?


 こんな感じで、てんてこまいだ。

 

 バタバタ騒がしかったらしく、お母さんも起き出し、色々と手伝ってくれている。


 普通だったら、娘が村の外に出るのは心配なのかもしれない。

 だけれど、ウチの場合は外に出れるようになったと喜んでくれているようだった。


 そんなことをしているうちに、そらしらんできた。


 ヤバイ。早く寝ないと。


 

 …………。

 ……。 


 次の日の朝は、案の定、寝坊してしまい、時間ギリギリに起きた。


 待ち合わせ場所は、村の入り口の近くだ。


 小鳥がチュンチュンと朝の挨拶をする中。

 寝ぼけまなこを擦り、日程には不似合いは大きな荷物を背負って、村の大通りをパタパタと駆ける。


 待ち合わせ場所に着くと、既にジェイドさんが待っていてくれた。

 荷馬車もある。あれで行けるみたい。

 

 朝の挨拶をしようと思うと。

 ジェイドさんは開口一番、「すごい荷物ですね……」と驚いている。


 大きなリュック3個ほどだけど。


 多いのこれ?


 友達少ないし、旅行とか行ったことないし、わからないよ。


 仕方ないので、ジェイドさんに選別してもらう。すると、荷物の7割ほどは『不要』とのことだった。


 そうか……。


 トランプとか、UNOとか。あと、迷子になった時用の笛とか。そういうのは要らないらしい。


 あっ、靴下も大半が不要にカテゴライズされている……。

 歩いて行くと思ってたから、用意しすぎちゃったみたい。


 支度にかけた時間の大半は、無駄だったようだ。


 身軽になったところで出発した。

 改めて、今回の行程を確認する。


 まず、神殿までは3日かかるらしい。

 神殿で聖水をもらったら、神殿の近くにあるフィールズの集落でシュトーレンを買い、ロコに戻る。

 

 途中の道は、比較的に安全でモンスター等は滅多に出ないということだった。


 荷馬車の旅は快適だった。

 暑くないし、幌があるので風雨も凌げる。


 荷馬車はシュルムの渓谷沿いの砂利道を、ずっと流れに沿って走る。


 ゴトゴトという揺れは、最初は不快だった。

 だけれど、慣れてしまえば、せせらぎと相俟って眠気を誘う媚薬のように感じた。


 昨日は夜更かしだったので、とてもねむい。

 幌を内側から見ると天蓋のようで、木漏れ日が映り込んでいる。


 大小色々の影を眺めていたら、いつの間にか寝てしまった。


 気づくと外は薄暗くなっていた。

 真っ暗になる前に、野宿の準備をする。


 食事はジェイドさんが作ってくれた。

 薄味のスープと固いパンだったが、焚き火を囲んでとる夕食は、いつもより美味しく感じた。


 食事をしながら、ジェイドさんに紙芝居のことについて聞く。

 未来からの異世界人というのは、いくら何でも、ちょっと突拍子がないように感じたのだ。

 

 すると、元ネタは、聖典にある【運命の審判】という話しらしい。

 それによると、女神ウルズは、人の運命があるべきものかを審判し、あるべきでない運命で死んでしまった場合には、死者ですら蘇生させるという。

 

 死者を蘇生するほどの加護があるなんて話しは聞いたことがない。正直、眉唾ものなんじゃないかと思う。


 ……神官さんの前では言えないけれどね。

 

 その後は、報酬の魔法書を前払いしてもらって、休むことにした。


 

 神殿に着くまでの時間は、魔法書を読んで過ごした。

 

 魔法書の背表紙には「食べ物の鮮度を保つ魔法」と書いてあった。


 聖水は食べ物なのか? という気はするが。

 ドリンクの一種と考えれば、効果がある気もする。


 これによれば、食べ物の鮮度が落ちるのは、目に見えない微細な働き……呪いのような作用によるものらしい。


 その呪いの発動には、呪いの養分となる贄、温度、水分が揃っている必要があり、この魔法は、この中の温度をコントロールし、腐敗を防止するとのことだった。


 要は物を冷やして保管する訳だが、無属性であることと、冷気が継続的な点で、いわゆる氷属性の攻撃魔法とは異なるらしい。


 魔法書の内容を一通り頭に入れた頃、神殿についた。

 ジェイドさんが、わたしの入構許可をとってきてくれるというので、外で待つ。

 

 神殿というと厳かな場所というイメージだったが、頻繁に神官が出入りしている。

 出入り口周辺には観光客目当ての露店が出ており、賑やかな印象だった。


 その光景に見慣れた頃に、ジェイドさんが戻ってきた。

 許可が出たとのことで、首から下げる入構許可証を受け取る。


 神殿に入ると、女神像がお迎えしてくれた。

 女神像は大きな水瓶を持っており、目を細め慈しむような表情をしている。


 本来は、暗闇の中、厳かに女神像が浮かび上がる感じなのかもしれない。

 だけれど、今日は人の往来が多く、そこかしこに松明が灯っているので、薄暗い印象はない。


 女神像にも、信者が置いていったと思われる装飾品が掛けられている。

 厳かだったり、神秘的だったりしない、こういう神殿もいいのかもしれない。


 ジェイドは女神像の前まで行くと、両膝をついて腰を落とす。

 そして、目を閉じて、祈りを始めるのだった。


 わたしは、その様子を眺めていたが、瞬きの刹那、ローブをきた女性が見えた気がした。

 女性は小さな器をもち、ジェイドさんの頭に、水を滴り落としている。


 もう一度瞬きをすると、女性は消えていた。


 目の錯覚だろうか。


 目を擦っていると、ジェイドさんが立ちあがった。


 

 ジェイドさんは、口を押さえ、すごく辛そうな顔をしている。

 主神に祈りを捧げたのに、なんでそんな表情をしているのだろう。


 わたしは声をかけた。


 「どうかしたんですか?」


 ジェイドさんは消え入るような声で答えた。

 

 「ハンナが。ハンナが死んでしまったんです」

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