第9話 3人目のお客様

 

 お店のカウンターに座り、パラパラと魔法書をめくる。


 この前の魔法書。なかなか興味深い。

 細かく注釈や加筆•修正が加えられている。おそらく、その時々のご先祖様が手を加えてきたのだろう。


 これによると、炎の魔法原理は、魔法回路を通じて手先から放出されるエネルギーを、レンズ効果のように一点に集中させることで加熱して発火させるらしい。そして、発火と同時に、魔力の用途を燃料に切り替え、燃やし続ける。


 これって、レンズの焦点を厳密に合わせることができれば、少ない魔力で高温発火が可能になるし、燃料も一気に霧状に吹き付けることができれば、粉塵爆発のように威力をあげることができるのではないかと思う。


 祠で聞いた話しは、やはり本当なんだなと思った。


 蝋燭ろうそくに火をつける魔法は、ちょっと視点を変えるだけで、簡単に大規模破壊魔法になるのだ。


 ユーレア家が祠を作って、内々で語り継いできたのもそのためであろう。


 

 カラン……。


 そんなことを考えていると、神官服をきた男が入ってきた。


 「あのう。私は女神ウルズの神官をしているジェイドと申します。実はお願いがありまして。ここなら何でも解決できると聞いたもので……」


 「何でもかは分からないけれど、お客さんには喜んでもらってますよ」


 「ウルズの神殿に聖水をもらいに行くんですが、同行お願いできませんか?」


 「いいですけれど……。わたしが一緒にいっても何もできませんよ? 戦えませんし」


 「はい。それでいいです。ただ、一つだけ、神殿の聖水は日持ちが良くないので、保存魔法をかけて欲しいのです。保存魔法は私が魔法書を持っています。神官は魔法を覚えられないので、どうにもできなくて。報酬は、その魔法書でお願いします」


 報酬の前払いってやつかな。


 事情を聞くと、どうやら、ジェイドさんはここから数日の神殿に所属する神官で、時々、布教のためにロコの村を訪れているようだ。


 普段は、村の広場で子供達に紙芝居を見せたり、お菓子をあげたりしているらしい。

 時々は、怪しげな壺や蝋燭を売ってもいるようだが、大人はともかく、子供達には好かれているようだった。


 そんな中で、ジェイドさんに特に懐いていた子がいた。名前はハンナ。ハンナは身体が弱いのに、紙芝居をよく聞きに来ていたようだ。


 紙芝居は、ウルズの逸話が主だった。

 露骨に布教志向のものも多かったが、中には未来の世界を描いたような不思議な話もある。


 ハンナは、特にウルズの最高神官の冒険譚が好きだったという。


 ハンナは元々身体が弱かったが、最近は特に調子が良くない。そのため、ジェイドさんは聖水を使おうと思ったようだ。


 しかし、ジェイドさんは神官なのになんで加護で治さないのだろう。


 「神官さんなら、聖水がなくても治せるんじゃないんですか?」


 すると、ジェイドさんはやるせない顔をした。


 「それが……。その子は、ひどい状態でして。お恥ずかしながら、私の加護では治せないのです。何度か試してみたんですが、効果がなくて……。神殿の聖水なら、きっと治ると思うんです」


 「そういうことなら、わかりました。お役にたてるか分からないけれど、お手伝いします」


 日を改めて、ハンナに会わせてもらうことになった。ハンナは、わたしの家から村の入口の方に歩いて10分程のところに住んでいた。


 部屋に通されると、ハンナは咳をしながらベッドに寝ていた。


 日中もベッドで過ごすことが多いようだ。

 身の回りの物は、立ち上がらなくても届くように配置されている。


 顔色は確かにひどく悪い。もしかしたら何かの呪いなのでは、と思えるほどだった。


 ハンナはジェイドさんの顔を見ると嬉しそうな表情をする。


 「コホコホ……。ごめんなさい、ジェイドお兄ちゃん。来てくれてありがとう」

 

 ジェイドさんは広場に来れなくなってしまったハンナのために紙芝居を持ってきていた。


 紙芝居をハンナの目の高さに抱えると、ジェイドさんは笑顔になり、紙芝居を読んだ。


 今回のは、特ににハンナが好きだと言う神官の冒険譚だ。


 ……その神官は、ずっと未来の世界からやってきた異世界人。

 いろんな冒険をしながら、沢山の人々に関わり。そして、人助けをしながら、世界を救うという内容のものだった。


 その中で神官は、傷ついた仲間の傷を癒し、蘇りの秘儀を使って、死んだ仲間達を生き返らせる。

 神官は戦うことは得意ではなかったが、仲間にとって欠かせない存在だった。

 

 紙芝居を聞いていたら、ハンナがこの話を好きな理由がわかった気がした。

 身体の弱い自分の憧れを、その神官と重ねていたのだろう。


 それにしても、蘇りの秘儀というのは、いくら何でも話を盛りすぎだと思うが。


 時々、咳き込んでしまうので、その度に、ジェイドさんは紙芝居を中断する。そして、ハンナのペースで再開する。


 紙芝居を聞きながら、ハンナは、瞼を必死に見開き、口元を綻ばせていた。


 ハンナは、神殿の近くにある集落のシュトーレンが好きらしい。

 ナッツとドライフルーツをたっぷり入れて焼き上げたシュトーレンは、この村では数年に一度のご馳走だ。

 私たちは、次に来る時はお土産に持ってくることを約束して、部屋をでた。


 部屋を出るとハンナのお母さんが待っていた。


 うつむき、肩を震わせている。

 目尻には涙の跡があったが、声がでないように口元をハンカチで押さえていた。


 わたしは、どこかで楽観視していた自分を申し訳なく思った。


 ご挨拶の代わりに手を握ると、お母さんに聖水を持ち帰ることを約束した。


 明日は、早朝に出発だ。

 これから帰って旅支度をしなければ。

 

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