第8話 ソフィアのお墓参り(後編)

 

 わたしは崖を降り、駆けた。


 湖は膝下ほどの深さだった。遠浅なようで、中心の方まで、湖の底が見える。


 そのままザブザブ入る。


 お母さんが背後で呼びかけていたが、早く先に進みたかったのだ。


 中洲の小島に着くと、祠の入り口を観察する。

 すると、ヒラヒラな紙が付いた縄がかけてあり、何かの封印が施されているようだった。


 ようやくお母さんが追いついてきた。


 「ハァハァ。あなた急に走りだすんだもん。その紙垂しでの封印はネコ耳の子なら簡単に外せるので、中に入っておいで。わたしは外で待ってるね」


 縄をどかして祠に入る。

 すると、そこは屋根裏部屋ほどの空間だった。


 部屋の中心には、水晶玉が置いてある。

 部屋に踏み入れると、四方の蝋燭に火が付いた。


 思いのままに水晶玉に触れてみる。するとどこからともなく声が聞こえてくるのだった。


 「ソフィア。きっと大きくなったんだろうね」


 その声には聞き覚えがある。

 おばあちゃんの声だ。


 声は続く。


 「ここに来たということは、既に魔力の発現があったんだろうね。私には分かっていたよ。お前が強い魔力を持つことを。

  まずは、我が一族について説明するよ。私達の祖先は、遥か遠い昔に獣人の国からやって来た猫耳族だ。まだまだ、世界では獣人に対する偏見や差別が強い時代でね。この地に移り住むことを決めたご先祖様は、血族にネコ耳を隠す封印を施したんだ。

  そして、一族の者は人族と結婚し、そのうち猫耳族としての性質も失なわれていった。

  今では一族の中には一生ネコ耳や魔力が発現せず、自分たちのルーツについて知らない者も多い。そういう者は、自分達が異質であることを知る必要はないからね。そこで、当時の一族の長は、祠を作り、その存在だけを一族に言い伝えることにした。

  一族の秘密についてはこの祠に封印し、ネコ耳が発現した子にだけ引き継ぐようにしたんだ。理解は追いついているかい?」


 わたしは頷く。すると話が続いた。


 「ネコ耳族は、獣人の中でも特に霊感や魔力が強い。そして、その魔力は印堂と言って眉間のあたりに溜められ、獣耳を通じて発散されるんだ。そのため、魔力が発現するとネコ耳が現れる。お前は尾はまだかい? 魔力が高まるとそのうち尾も生えるよ。驚かないようにね。

  この尾は魔力に応じて増えていき9本になると、この世のあらゆる魔法が扱えると言われている。それこそ人間には許されない階梯のものもね。それに、尾が生えるとますます殿方にモテるよ。楽しみだね。

  しかし、人間の歴史の中で、強い魔力を持つ者は、魔女などと呼ばれ、恐れられて忌み嫌われ迫害されてきた。だから、五芒星の魔法には害のなさそう名前が付けられているんだ。

  例えば、カエルを召喚する魔法とかね。ソフィアは、もう覚えたかい? あれは、実は魔力が強ければカエル以外も呼び出せるんだよ。

 原理から紐解けば、同じような魔法は他にも沢山ある。だけれど、子供のお遊びのような名前をつけることで、魔女たちは己の身を守って来たんだ。

  だから、強い魔力をもつ私達一族は、一層のこと気を引き締めないとならない。お前も謙虚に、決して勘違いすることなく生きて行くんだよ。いいね?

  最後に、この水晶の奥に可愛い孫へのプレゼントを置いておく。大切に使うこと」


 そう言い残すと音声は途絶えた。


 わたしは水晶の奥に手をのばす。すると、一冊の本と小さな杖が置いてあった。


 本にはメモがついていた。


 これは、一族に伝わる魔法と杖で、わたしが死ぬ時に、また同じ場所に戻すこと、と書いてある。


 ——わたしもいずれ、この祠にメッセージを残すことになるのかな。


 祠を出る。

 すると、お母さんが少し心配そうな顔で待っていた。

 

 わたしは笑顔をつくり、務めて元気に話かけた。

 

 「ただいま」


 「おかえり。どうだった?」


 「魔法の本と杖をもらったよ」


 「それ、お婆ちゃんが使ってた杖だよ。なんでも悪魔の骨で出来ているとか言ってたけれど、本当だったのかな」


 「さあね。でも、おばあちゃんと話が出来てよかったよ」


 暗くなる前に山を下りることにした。

 帰りは、下り坂なので行きよりは楽だった。

 

 家につくと、もらった本をパラパラと見る。

 すると、二つの魔法が記されていた。


 ひとつはローソクに火をつける魔法。

 もうひとつは、物の形を変える魔法だった。


 ちなみに、変形の方は、尾が生えないと使えないらしい。

 杖は、使い方はわからないが、とりあえず禍々しい。


 

 ご先祖様が代々引き継いできた魔法書……。

 


 まだまだ、わたしは。

 自分が好きなことしか頑張れない。


 だけれどいつかは。

 みんなのために頑張れる自分になれるのだろうか。

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