第3話 はじめてのお客様

 

 わたしは、家の道具屋の一画を借りて『魔法の何でも屋』を開店した。


 軒先にある立て看板にはこう書いてある。

 【魔法のなんでも屋。報酬はでお願いします】


 文字が読めない人でも雰囲気がわかるように特製のイラスト入りだ。


 こうすれば、人助けをしつつ魔法の勉強もできる。魔法書は、興味のない人には不必要なものだし、負担も軽くて済むかな。


 『わたしって天才かも!』


 意気揚々いきようようと開店したものの、午後になってもお客さんは来なかった。たまに来るのは何も買わない道具屋のお客さんくらいである。


 あー。暇だ。暇すぎるぅぅぅ。


 暇なので、ネコ耳について考えてみる。

 お母さんに聞いたところ、おばあちゃんも時々ネコ耳が生えていたらしい。それで大して驚かなかったようだ。


 どうやら、ご先祖様にネコ耳族がいたらしく、一種の先祖帰りなのではないかと思う。


 キィ……。

 

 考えることもなくなりカウンターに突っ伏していると、扉が控え目に開いた。


 突っ伏したまま扉の外を一瞥いちべつしただけでは、誰の姿も見えない。


 『あれ?』


 身体を起こして、目をゴシゴシした。


 すると、扉の下の方に小さい女の子が、中を覗き込むような姿勢で立っていた。


 「あの。外の看板見たんですけれど」


 「いらっしゃいませ。なんでも屋のお客様ですか?」


 「あっ、はい。探して欲しいものがあって……」


 ……探し物ならいける!!

 

 「何をお探しですか?」


 「お母さんがくれた、うさぎのぬいぐるみ……」


 「かしこまりました。報酬の魔法書はもってこれたかな?」


 少女は、古ぼけた薄い本を差し出す。


 「確かに。これは探し物が見つかったらもらうね」



 では……。

 試しにサーチの魔法を使ってみる。

 

 「「…五芒星の道標(サーチ)…」」


 何も起きない。

 少女はいぶかしげな表情をする。


 「おねえちゃん。詐欺師?」

 

 『そりゃあそうだよね……』


 何か起きるハズがない。

 探し物について具体的なイメージがないのだ。

 

 サーチの魔法書を開き、用法原理の項を開く。


 この魔法の詠唱文には「想いを分ちあうべき」というフレーズがある。

 人が何かを大切に思う時に「思い入れる」というように、その対象には持ち主の想いの片割れが残る。

 この魔法は物に残った思念を特定し、追いかけるらしい。


 そのため、持ち主の想いについて具体的なイメージを持っていなければならない。

 この魔法においては、対象物の外観は、あくまで想いをおもんばかる際の一要素にすぎないのだ。


 逆にいうと、対象物の詳細な外形までは不要ということになる。

 

 先日は、お母さんがイヤリングをつけてる姿を想像した。


 そのイメージの中のお母さんは嬉しそうに微笑んでいた。それがイヤリングにこめられた残滓ざんし


 そのために魔法が発動したのだろう。

 

 『もう少しこの子のことを知りたいな』


 少女に尋ねる。


 「調査のために、あなたのお家に行ってもいい?」


 少女は少し考え込む。


 「これからならいいよ」


 少女が同意してくれたので、家まで着いていく。道すがら、お互いの自己紹介をする。


 少女はセイラと名乗った。

 

 セイラの家は、わたしの家から歩いて五分くらいの距離だった。

 自分では気づかなかったが、どうやらわたしは、いつも同じルートを通って生活しているらしい。家の近所なのに、見知らぬ土地に来たような感覚がする。


 セイラの家に着く。


 家は大きめの木造2階建てだが、端々はしばし意匠いしょうが凝らされており、裕福な家のように見えた。

 しかし、庭には雑草が生い茂っていてバランスが悪い。


 セイラはノックをせずに静かに扉を開ける。すると、玄関ホールには、大小様々な傘が乱雑に置いてあった。


 ……きっと大家族なのだろう。


 これだけの立派な家で、傘がシューズクロークに片づけられていないことに違和感を感じたが、子供なんてそんなもんなんだとも思う。


 家族はまだ帰っていないようだった。セイラが慣れた手つきでお茶を淹れてくれる。


 家の中は……、片付いてはいるが、小物類やカップ、調理器具が子供でも届くような低い位置に置かれている。


 子供がいる家だと、絵や工作がそこら中に飾られている印象だが、この家にはないようだった。


 セイラが紅茶を出してくれた。


 ふわっと良い香りがする。

 カップの持ち手は小ぶりで、品のいい白磁のティーカップだった。


 わたしは一口飲んで、カップを丁寧にテーブルに置いた。ソーサーがないので、しっくりこない。


 「早速だけれど、うさぎのぬいぐるみのお話を聞かせてもらえるかな?」


 「うん……」


 「うさぎはどんなぬいぐるみなの?」

 

 「小さなうさぎのぬいぐるみ。お母さんがくれたの。毎日一緒にいたのに……」


 「そっかぁ。お母さんは、いつも帰りが遅いのかな?」


 セイラは口ごもる。

 そして、少し間をおいて。


 うつむき加減に言った。


 「お母さんはもう帰ってこないの」


 「えっ。この家には家族と住んでいるんじゃないの?」


 「この家には叔母おばさんと住んでいるの。お父さんとお母さん、交通事故で死んじゃった。そうしたら、叔母さんがきて、一緒に住んでくれるって」


 「叔母さんは1人で来たの?」


 「ううん、子供たちを連れてきた。私はあまり仲が良くないから、あまり話せることはないかも」


 両親の死後、叔母が家族を連れて押しかけてきたのであろう。


 さっきのお茶を淹れる手つき……。調理器具などがセイラの手が届く位置にあるのも不自然だった。


 もしかしたら、その叔母は、保護の名の下に、こんな年端としはも行かない子供に家事や雑用をやらせているのかもしれない。


 わたしはもう少し状況を聞くことにした。


 「叔母さんは優しい?」


 すると、セイラの顔がこわばる。


 「いつも怒ってて怖かったよ。暗い部屋にわたしを閉じ込めて。糸でプラプラのお金を見せて何度も同じことを聞くの。って。知らないっていうと、嘘つきってまた怒られる」


 暗い部屋に振り子運動のコイン……。   

 何かの暗示をかけられていたのかな。


 「うさぎのぬいぐるみを最後に見たのは?」


 「叔母さんの上のお兄ちゃんが、隠しちゃったの。わたしが抱っこしてたのを取り上げた」


 「そっかあ。お父さんとお母さんは優しかった?」


 「うん。お父さんもお母さんも仲良しだったよ。いつもわたしをぎゅって抱っこしてくれた」


 「うさぎのぬいぐるみはお母さんが作ってくれたの?」


 「お母さんが縫って作ってくれた。小さなぬいぐるみ。わたしの友達。いなくなっちゃった」


 セイラはポロポロと泣き出してしまった。

 小さな子にこくなことを強いているようで胸が痛くなる。


 だけれど、あと少し。

 あと少し、セイラのご両親の想いを知りたい。


 「辛いことを聞いてごめんね。これが最後のしつもん。お父さんお母さんと、ぬいぐるみとセイラ。一番よく覚えている思い出は?」


 「おとうさんは魔法のお仕事をしてたんだけれど、家に帰ってくると、わたしとうさぎの頭をなでなでしてくれるの。お母さんは、わたしが寝るときに、いつもうさぎをベッドまで連れてきてくれて。うさぎと一緒に子守唄を聞くの」


 「そうか、ありがとう」


 これだけ聞ければ十分だ。ご両親とセイラの愛にあふれた生活。 


 小さなうさぎのぬいぐるみは、いつもそれを見ていた。


 絶対にご両親の想いの片割れは、うさぎのぬいぐるみに残っているはず。


 わたしは目を閉じて詠唱する。

 うさぎが見守っていた、セイラの家族の生活を思い浮かべながら。


 「「夢に迷いしきらめきよ。汝の想いを分かち合うべき者のもとへ。五芒星の道標(サーチ)」」

 

 すると、どこからか光の粒子が集まってくる。

 半分はセイラの頭の周りを。

 残り半分は、2階の方へ流れていった。


 セイラの周りにも集まった理由はわからないが、2階に流れたのは、きっとぬいぐるみがあるからだ。


 階段を上がり、光を追いかけて左の奥から2番目の部屋に入る。


 部屋に入ると、そこは納戸のようだった。ゴミだか荷物かわからないものが乱雑に投げ捨てられている。


 光はその中に吸い込まれていく。


 ゴミをかき分けると、セイラの背が届かないような上の方に、小さなうさぎのぬいぐるみがあった。

 

 『セイラの大切なものを、こんな風に隠すなんて意地悪すぎる』

 

 わたしはやるせない気持ちになったが、探し物が見つかってよかった。


 セイラは、ぬいぐるみの埃を払うと、顔をうずめてギュッと抱きしめた。


 まだ光は消えておらず、うさぎの中に集まっていく。


 『中に何かあるのかな』


 セイラからぬいぐるみを受け取り、下側をよくみると隠しチャックがあった。


 チャックを開ける。


 すると、中からは4つ折りの紙切れと小さな鍵が出てきたのだった。

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