第36話 オーバーフロー (2)
建物の中に入ると、長廊下になっていた。
左右には10以上の扉があり、そのひとつずつ確認していく。
途中、何人かの使用人に話しかけられたが、皆、わたしがお爺さんだと信じ切っているようだった。
だが、込み入った話になると、きっとボロが出てしまう。わたしは最低限の挨拶だけして、どんどん先に進む。
建物の中を一巡したが、ラナさんが見つからない。
変身による魔力の消費も激しい。
早く見つけなければ、まずい。
そこで、わたしは大人しそうなメイドさんに聞いた。ラナさんの特徴を伝える。
「おい。おまえ。昨日連れてきた赤髪の若い女はどこに行った?」
すると、メイドは眉をひそめ怪訝そうな顔をした。そして、しばらく考えると口を開いた。
「ご主人様。その女性なら、ご自分で地下に連れて行けとおっしゃっていましたが……」
わたしは、動揺を悟られないように答える。
「そうか。すまんな。最近、物忘れがひどくてな」
すると、メイドはさらに不審そうな顔をする。
謝ったのがマズかったのかな。
わたしは、そそくさとその場を後にした。
奥に長い下り階段があった。
わたしは息切れがひどくて、右手を壁につき支えにしながら下りる。
普段、何気なく下りている階段だが、今は、一段一段に体力を奪われるのが分かる。
廊下はさらに右に曲がり、地下室に続いていた。何部屋か見て回ったが、大体が資材や食料の倉庫だった。
ここにはいないのかな。
諦めかけようとした時、どこからか、女性のくぐもった声が聞こえた。
わたしは声がする部屋にたどり着く。
そして、扉を開けた。
すると、ベッドに四肢を括り付けられた女性がいて、そこに老人が覆い被さろうとしているところだった。
女性は赤髪で、こちらを見ると「ん〜ん〜」と唸っている。ロープで口封じされているが、ラナさんだ。
助けを求めるような目つきでこちらを見ている。老人は、先ほど庭を散歩していた人だ。
ラナさんのスカートは捲れ上がり、タイツが破れている。
ギリギリ間に合ったのか?
ちょっと判断できない。
しかし、太ももや頬は紫になっていて、乱暴な扱いをされたことがすぐに分かった。
わたしは、あまりの老人の醜さに、その場で吐いてしまいそうになる。
なんなんだ、この人は。
人?
いや、人なんて言葉はもったいなすぎる。
本当に、なんなのだろう。この醜い生き物は。
老人はわたしに気付き、叫んだ。
「侵入者だ!! ……キヒヒ、女か。殺さずに私の元に連れてこい」
すると、ラナさんの目から涙が伝い落ちた。
落ちた涙は、石の床には吸い込まれず、小さな小さな水溜りを作った。
それを見た瞬間、悪寒がして頭の中が、ぐわんぐわんする。背中から何かに語りかけられたような気がした。
その声は、耳を介さず、直接にわたしの仄暗い心に訴えかけてくる。
『醜いのだろう? 殺してしまえ』
『殺してしまえ。そいつを生かす価値はない』
頭が痛い。
割れそうだよ。
傍に控えていたメイドが、ナイフを持ってこちらに飛びかかってくる。
わたしはその様子をぼんやりと見ながら思った。
「ここにいる全員、殺してしまうか。この杖があれば、特別な魔法を使わなくても十分可能だろう」
その時。
キインッ!!
石造の狭い部屋に金属音が反響した。
イヴさんだ。
イヴさんがメイドの攻撃をダガーで受けてくれた。
わたしがイヴさんにお礼を言おうとすると。
今度は、先見眼で『イヴさんが燃え上がる姿』が見えた。
咄嗟に、後ろを振り返る。
すると、さっきの老人がこちらに左手を向けていた。
魔力の高まりを感じる。
今から避けたのでは間に合わない。
わたしは、老人に杖を向け叫ぶ。
「「光子障壁(フォトン・シールド)!!」」
すると、光の粒子が集まり、イヴさんと老人の間に半ドーム型のシールドが展開された。
前にお母さんと話していた防御魔法だ。
まだ不完全だが、一応の完成をさせておいてよかった。
直後、老人の左手から炎球が放たれ、光の障壁にぶつかった。光の障壁は、轟音を響かせながら、老人の火球を防いだ。
頭上から複数人の足音が聞こえる。
騒ぎを聞きつけた護衛がやってきたようだ。
きっと、護衛たちはすぐにでもここまでやって来るだろう。
このままではまずい。
取り囲まれたら、わたしもイヴさんも捕まってしまう。
直後、また残像のようなものが見えた。
それは、イヴさんが老人に乱暴されている姿だった。
捕まったら、あの未来が待っているのか。
仕方ない。
そう、これは仕方ないことなんだ。
全員を制圧するには、五芒星の悪夢(ペンタグラム・ナイトメア)を使う以外の方法が思いつかなかった。
わたしは杖を老人に向け詠唱を始める。
「「魂を喰らいし黒夢よ。夢に縋り、夢を憎み……」」
魔力が高まり、わたしの左手の毛細血管がブチブチと切れるのがわかる。
「「……憎悪とともに、汝の望みを喰らい尽くせ」」
頭が、何かで殴られたかのように痛む。
だが、わたしは続ける。
皆が助かるにはこれしかない。
「「五芒星の悪……」」
その時。
バタンッ。
扉が開いた。
護衛か?
間に合わなかったのか……。
「ソフィア!!」
しかし、それは護衛ではなかった。
セドル君だった。
「あの者を捕らえろ!!」
セドリック王子は、わたし達の無事を確認すると、老人に騎士を差し向けた。
その様子を見て安心したのか、わたしは酷い立ちくらみになり、そのまま意識を失った。倒れる瞬間に、男性の逞しい腕に支えられた気がする。
セドル君だろうか。
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