第12話 4人目のお客様


 ハンナの一件から、なんだかやる気が出ない。


 普通なら、あんなことがあったら、もっと勉強したり、もっと魔法を研鑽したりと頑張るんだと思うんだけれど。


 だけれど、わたしは前にも増して無気力だ。

 ダメなやつなんだと思う。

 

 何でも屋もやめちゃおうかなぁ、なんて思い始めて、今日は看板も出していない。

 そんなこんなで、ダラダラと道具屋さんの店番をしていると。

 

 カラン……。


 お店の扉が開いた。


 見ない顔だ。ロコの人ではないと思う。


 ぬぼっとした雰囲気の青年が入ってきた。

 簡素な服を着ている。

 所々、泥汚れも。


 この人、洗濯してないのかな?


 身長はかなり高い。わたしが立っても、目線はこの男性の胸ポケットのあたりだと思う。

 体格はヒョロヒョロではなく、ガッチリしている。


 青年は、風貌に似合わない洗練された所作で歩いてくる。カウンターの前に立つと、腰をかがめる。そして、わたしと同じ目線で話しかけてきた。


 「何でも屋さんは、ここですか?」


 え? なんで?

 だって、看板……だしてないよ?


 「あ、いえ。今日は休業、というか、そろそろお店やめようかなって思ってて……」


 すると男性は急に大きな声を出した。

 「えっ!! それじゃ困るんですよ!」


 ビックリしたぁ。


 元々、人と話すのは苦手なのだ。

 ビックリさせないでよ。もう。


 だけれど、こんな大きな人が大声を出すのは、どれほどのお願いなのだろう、という疑問がふつふつと湧いてきた。


 「どんなご依頼でしたか?」


 聞いた。

 聞いてしまった。

 興味に負けてしまった。


 青年は、こちらをみる。

 曇りかけた瞳に、光が戻ってしまったようだ。


 「恋人のフリをしてくれませんか?」


 やはり、……聞かなければ良かった。


 「いや、いきなりそんなことを言われても。他の人にお願いできないんですか? 他のもっと大きな街の人とか」


 「それがこの村の人じゃないといけないんですよ。報酬の魔法書もお支払いしますので、なんとかお願いします!」


 聞けば、青年の名前はセドルといい、首都ジーケンに住んでいるらしい。


 前々から親御さんに結婚を急かされていて、つい苦し紛れに、想い人が、ここロコ村にいると言ってしまったということだった。

 

 ロコに知り合いがいるハズもなく、どうしようもなくなって、わらにもすがる思いでこの店に入ったらしい。


 確かに、ロコは小さな村だ。


 この村で適齢期の相手を見つけるだけでも大変だ。しかも、ごっこに付き合ってくれる人を見つけるのは、さらに至難の業だろう。


 『そんなに結婚を急かされるなんて、この人、いいとこのお坊ちゃんかな?』


 どうしようかな……、と迷っていた。

 だけれど、あまりに必死の形相で頭を机に擦り付けて頼まれるので、断りきれそうにない。


 それに報酬でくれるという「寒い日に暖をとれる魔法」というのも捨てがたい……。

 

 だけれど、恋人のフリをするにしても異性と付き合ったことなんてないし。


 「あの、わかりました。わかりましたから! 頭を上げてください。ご依頼を受けたいのはやまやまなのですが、わたし、誰かとお付き合いしたこととかないんです」


 「あ、そういうことなら問題ありません」


 問題ありありだよ。ナニ意味のわからないこと言ってるんだぁ、この人は。

 

 セドルは、自信ありげな表情になり続ける。

 「デートの練習をしましょう!」


 は? あたまおかしい?


 うーん。セドルさんのテンポが早すぎてついていけない……。


 「父上、母上に紹介するのは4日後の予定なので、ジーケンにつき次第、練習しましょう」


 父上、母上?

 貴方どんな高貴な生まれなの。


 っていうか、いつのまにか、わたしジーケンに行くことになってるんですが……。

 これは、とんでもなく面倒な事に巻き込まれてしまったかも。


 「あのう。セドルさんは貴族ですか? わたし平民なんだけど、身分とか大丈夫かな」


 「貴族ではないし、大丈夫ですよ。んじゃあ、明日から1週間の日程ということで。ご両親にもよろしくお伝えください」


 そう言い残すと、セドルさんは言いたい事だけ言って、さっさと出て行ってしまった。

 

 ああ言う強引な人は、ちょっと苦手かも。

 

 夕食を食べながらお母さんに相談する。

 すると、セドルさんについて、身長や顔のこととか色々と聞かれた。

 

 真剣に相談してるのに……。

 「お母さん! わたしは真剣に相談してるのに、面白がってない??」


 お母さんはニヤニヤしてる。

 「そんな口を尖らせちゃって。怒らないでよ。初デートで、初お泊まりかぁー。きゃー。もう孫の名前考え始めた方がいいかしら?」


 この人、絶対に面白がっている!

 ほんと、一人娘が泊まりでジーケンまでいくのに、何でこんなに呑気なんだろう。

 自分の親ながらにびっくりだよ。

 

 そんなこんなで、相談らしい相談はできなかった。

 ただ、お母さんは最後に一言。


 「あの人なら安心だと思うよ、心配しすぎて嫌われないようにね」



 寝床に入る前に、明日の用意をする。

 何をもっていけばいいか分からない。前の神殿の時は、ほとんどの物をダメ出しされたからなぁ。

 最低限の物にしよう。


 あれもいらない。これもいらない。


 この新品の可愛い下着は?


 『いらない』


 『やっぱりいる』


 『やっぱりいらない!』


 …………。


 わたしは頬が熱くなるのを感じる。

 そして部屋の中を右往左往した。


 

 ……やっぱり念の為に持っていこう。

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