第14話 無駄にErosな診察遊戯④
「詠亜せんせーダメぇっ! えいっ!」
俺は何者かに足を引っ張られ、診療台から落ちて顔面を強打する。
腕がほとんど動かず、擦る事もできない。
苦痛を涙して耐えるが、そのままズルズルと引き摺られ、暗がりの入り口まで引っ張られる。
詠亜もまた標的を失って顔面強打していた。
鼻から落下し、首にとんでもない負荷が掛かったため、診療台の上で一人、鼻と首を抑えて悶絶している。
何者かが電気を点けた。
俺は眼球を動かし、助けてくれた者の姿を視界に捉える。
詠亜もまた診療台の上に座り、涙目で邪魔者を睨んだ。
その正体は、俺の頭を抱き締める瑠奈だった。
瑠奈は強張りながらも怒りを露わにし、詠亜に負けじと睨みを利かせる。
「るーにーは、ぜぇったい詠亜せんせーにはあげないのっ! るーにーは、るなのるーにーなんだもんっ! だからしょーこっ! 見せてあげるっ! るーにー、るなの初めて、あげる! 大好きだよ、るーにぃ」
瑠奈は俺の意思などお構いなしに、唇を奪った。
瑠奈を危険な目に遭わせようとしているどころか、ファーストキスまで奪う事になろうとは、健全な
しかし非常に息苦しく、瑠奈の腰を数度叩くものの、余計と力強く唇を押しつけられてしまってどうしようもない。
鼻で息をすればいいだけの話なのだが、なぜか俺の鼻を抓んでいる。
キスというよりは人工呼吸だ。
だから瑠奈に息を吸われ、そして吐かれるだけの存在に成り果てている。
「やたらと長いキスね、瑠奈ちゃん。一つ、ダメなこと教えてあげるわ」
しかし俺は気付いた。
詠亜の言葉を無視し、瑠奈の人工呼吸に応じた。
激しく求めるように瑠奈を押し倒し、貪り始める。
「兄妹じゃ、どれだけ頑張っても……結婚できない……ゴクッ、激しいわね。これはこれでアリ。ハァハァ」
瑠奈は俺の突然スイッチが入ったかのような熱烈な人工呼吸に、好き放題されてしまっている。
先程とは立場が逆転してしまっていることに対して大混乱している瑠奈に、詠亜の言葉は耳に入っていないようだ。
まもなくチアノーゼになり、瑠奈の意識は陥落。
「さぁて、瑠璃君。
詠亜は手を握ったり開いたりしながら手を伸ばしてくる。
俺はその手を弾き、立ち上がって詠亜を見下した。
「この形勢を少し考えてから発言するんだな。この年増がぁ!」
「だーれが年増ですってぇ? 瑠璃君、世の中には言ってはいけない言葉が……。え? あれ? なんで! どうして動けるの!? アナンダミドロードは、まだ全開! この部屋にも充満しているはずなのに!」
俺の言葉に激情しかける詠亜だったが、すぐにこの異常事態を察知する。
「女には効かないんだろ? 瑠奈の呼気は普通の空気だった。俺はそれで呼吸した。だから詠亜の魔法効果は弱まり、俺は魔法を使えるようになった。少しでも使えるようになりゃこっちのもんだ。臭いは根こそぎ分解したからな」
俺は目を見開いて、吐き捨てるように言葉を放つ。
「分解!? 何よソレ! 仮にそうだとしても一度匂いを嗅いで落ちたのに……そう、同じ魔法使いだものね。魔法の耐性くらいあっても、不思議じゃないか。ふふっ! でも瑠璃君の魔法は読心がメイン! 前兆の雷雨によって、瑠璃君は電気系統の魔法を得た! つまり、脳波の電気信号を拾う魔法でしょ!? そんなレアな魔法だもの! それ以上強力な魔法なんてある訳ないわ! 読心魔法使いが相手でも、この部屋は狭い。逃げようとしても無駄。その間に、コレを打ち込んであげる! 強力な麻酔よ! さすがの瑠璃君でも直にお注射されたら落ちるでしょう? だから瑠璃君、諦めて……ね? せんせーに、瑠璃君を全部ちょーだい!」
詠亜は狂ったように声を発し、机の引き出しを開けて注射器を取り出す。
もちろん、俺には全く関係なかった。
「読心がメイン? それ以上強力な魔法なんてない? んな訳あるか。ただのおまけだ。無駄にグレートな魔法の威力、教えてやるから覚悟しなぁ!」
Thunder Lord描いて押す。
光輝く文字達は分解して一本の線となり、足元から詠亜の背後に伸びる。
俺は線の上を滑るように、電場と電位の座標を調整して、詠亜の背後に回り込んだ。
詠亜の肩に手を当てると同時に、俺の腕にコイル状の光の線が巻き付く。
そこから発せられる百万ボルトの電圧を流しこんだ。
詠亜は白目をむいて沈黙し、そのまま床に倒れ込む。
「アンペアはかなーり抑えてあるから安心してね。次、ちょっかい出しやがったら、豚小屋に首輪とリードを付けて放り込んでやる。メス豚みたいにな……って、聞こえてないか」
ニヒルに笑う俺はスリッパを脱ぎ、靴下で詠亜の頭を踏んで床に抑えつけながら勝利の余韻に浸る。
そして瑠奈を背負ってナースステーションまで避難した。
看護師達には、変な薬を注射されそうになって、逃げ回っていたら転んで動かなくなった。
その光景に驚いた瑠奈がひっくり返って動かなくなったと伝えたところ、師長が土下座で詫び、目を吊り上げた看護師部隊が統率の取れた動きで診察室を制圧、もとい詠亜の介抱に向かった。
程無く玲もやってきた。笑顔で玲に睨みを利かせたところ、周囲の状況を見回した玲は、一言添えて頭を下げた。
「すまん」
『すまん。桜と御無沙汰だった隙を突かれた。だが、挟まれただけで浮気らしいことは何もしていない』
誠意の篭った謝罪の言葉を無視し、始末書のような心の文章を眺める。
ナニをどう挟まれたのかは定かではないが、浮気と判断するかしないかは桜次第である。
そして桜にどのように吹き込んでやろうかと魔王の如く微笑み、まだ目覚めない瑠奈を抱いたまま、車で帰宅するのだった。
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